師匠と弟子


「兼定、起きて」

朝と昼、どちらかといったらまだ朝の陽ざしである光が差し込む時間にプリンセスは、夜明けの時間帯にようやく眠りに就くことが出来たであろう和泉守の布団を叩く。起きたくないと訴える様に顔を歪ませ、寝相を変える和泉守にプリンセスは少々呆れる。そして和泉守の耳元に口をよせた。

「起きなさい和泉守兼定。寝坊したら朝食前、素振り千本やってもらうわよ」

この言葉を口にしたのはいつ振りか。プリンセスは、なるべく声を低く、不気味に呟いた。すると和泉守はバッと瞼を勢いよく上げて体を起こした。顔には恐怖を感じた様子で僅かに発汗がみられる。プリンセスは思わず悪戯っ子の様にくすくすと笑った。

「ようやく起きたね、おはよう。」

現状を把握するなり、安堵を示す様にふうと一息つく和泉守。プリンセスは、そんな和泉守を見るなり更に笑いが込み上がる。

「私との楽しい鍛錬の日々を思い出しちゃった?」

そして更に揶揄う口ぶりで問うと和泉守は目頭を押さえながら「ああ…」と憂鬱そうに応えた。そして一つ大きなあくびをしながら「まだ寝たばかりだぞ」と少々嫌気に口ずさむ。

「隊長さんのお仕事。自分の隊のメンバーより早く起きて調査に行く。」

眠たげに瞼が落ちそうになる和泉守の頬を抓りながらプリンセスは「わかった?」と再度言い聞かす様に、ぐっと顔を近づければ、和泉守はその圧に押される様に「お、おう…」と渋々頷いた。

「僕も一緒にいいですか…?」

すると和泉守の隣で床に就いていたと思われる堀川が、仲親し気な和泉守とプリンセスの遣り取りに遠慮気味に口を入れる。プリンセスは満面の笑みで後ろへと振り返り「優秀な助手さん大歓迎」とつづけた。そんなプリンセスから溢れる笑顔と優しさに堀川は、どうして和泉守があんなにもプリンセスに対して怯えているのかが不思議に思えた。

 そしてプリンセス、和泉守、堀川は、まだ寝ている蜻蛉切、薬研、陸奥守に書き置きを残し、町へと繰り出した。


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プリンセスを先頭に、和泉守と堀川は続いて歩く。また、堀川は和泉守の少し後ろを歩いていて、それぞれがどの様な関係であるかを目に見えてわかる様に示されてる。すると突然、プリンセスは足を止めて振り返った。プリンセスに顔を向けられ和泉守に僅かに緊張が走る。

「兼定自身も気づいていると思うけど…皆の気持ちがばらけているでしょう。」

プリンセスから発せられた言葉に和泉守の心に小さな針がチクリと刺さった様な感覚が襲う。真っ直ぐ和泉守の瞳を見つめるプリンセスから視線を斜め下に逸らし「ああ…」と言葉を零す和泉守。そしてプリンセスはため息混じりに言葉を続けた。

「部隊ってね、数が多い分、確かな戦力はあるの。でもそれは気持ちが通じ合っていないとただの屯集団。」

「屯集団」まるで今の第二部隊を表す言葉の様な気がして和泉守の心を更に圧迫する。そしてプリンセスは昨晩の状況を回顧し、「そんなんじゃこれから先やっていけない。」と消え入りそうな声で呟いた。

暫くしてプリンセスは、惜しげに視線を落とす和泉守を自分を見る様に、と和泉守の頬に手を寄せ優しく導いた。和泉守とプリンセスの双眸が交じり合う。

「だから兼定、一人ひとり、お互いの事をよく知ることが大事。結束して。」

堀川はその光景にただ黙って目を逸らすことが出来なかった。"師匠と弟子"ーー。昨晩、和泉守から聞いたその言葉が今この瞬間にはっきりと意味している様な気がした。そして更に自分が憧れている人物の上には更にその模範となる大きな存在がある事を認知した。

「ああ…わかった」

プリンセスは、和泉守の応えに安寧した様子で目を細め顔を綻ばせた。そして瞬間に自分よりも遥か大きい和泉守の頭を撫でながら「相変わらず兼定は素直でいい子!」と言葉を零した。

「やめろ!」
「兼さん、嬉しそう!」
「うっせえ!国広」

和泉守の照れかしげに赤らめた顔を見て、微笑ましそうに口ずさむ堀川を和泉守は瞬時に捉えた。そんな虎の赤子の様に戯れる和泉守と堀川をプリンセスは和やかに顔を綻ばせた。

「じゃあ、ある程度の情報を集めに行きましょう」

そしてプリンセスは一言声掛け二人に背を向け歩き始めた。


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 プリンセス達が町に繰り出した時刻よりも活気づき始めた昼時ーー。
恐らく蜻蛉切達は目覚めているだろうと宿へと戻るプリンセス、和泉守、堀川。宿の玄関前でプリンセスは「先に戻っていて」と和泉守と堀川に伝えた。「ああ」と返事しながらも不思議そうな表情を浮かべる二人にプリンセスは、案ずるな、という様に笑みを返し外に出た。そしてプリンセスは何かを捜す様に連なる家々の屋根を見上げた。




「改めて第一部隊の凄さに気づいた…」

ぽつりと零したプリンセスの言葉に、こんのすけは隣に座るプリンセスを見上げ尻尾を揺らした。どうやらプリンセスが捜していたのはこんのすけだったらしく、一人と一匹は屋根の上で何やら対談していた。

以前、第一部隊と共に任務を遂行した際の記憶が蘇る。一見すると、隊長である山姥切は無口で皆をまとめる事が出来ているのか不安に思えるが、彼の実力を知っているが故に一歩下がり忠実なメンバー達。また、部隊であるから、と互いを干渉しているわけでもなく、それぞれの意向を尊重していて、互いをよく知っている、"部隊"として成り立っていた、そう思ったのだ。するとこんのすけが問いかけた。

「もし、プリンセスさんが本格的に部隊に入隊するとしたら、第一部隊、第二部隊どちらにしますか?…それとも第三部隊を結成してしまいますか?」


こんのすけの突然の問いにプリンセスは「うーん…そうだね。」と腕を組み楽し気に考え始めた。結束力のある"第一部隊"、それぞれ目的は同じだが自己流な"第二部隊"ーー。

「……第三部隊結成しちゃうかな!」

意外にあっさりと回答したプリンセスに、こんのすけは少々唖然としてしまった。恐らくプリンセスは、"どちらか"と選ぶことが出来なかったのだろう。そんなプリンセスの当たり障りのない穏和な回答に、こんのすけは感服し笑みを浮かべた。

「プリンセスさんらしいです!その時は是非サポーターに僕を推薦してくださいね!」
「勿論、勿論!油揚げ沢山あげちゃう」

すると、そんな楽し気な対談を行うプリンセスとこんのすけに向けて声がかけられた。

「こんな所にいたんですね!こんのすけ!プリンセスさん!兼さんが今回の任務の見解を行うみたいだよ!」

隣宿の縁から堀川が声掛けしたようだ。プリンセスとこんのすけは耳を澄ませ、そして互いに頷き、プリンセスは「りょうかーい!」と大きく返事した。


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「では今回の年表を紐解きます。この時期この地域を政治的な題目で検索すると二つに絞れました」

こんのすけは鈴に搭載されたプロジェクターを通じて幾つのもデータを広げた。皆はそれを囲う様に座り、こんのすけの言葉を傾聴する。

「一つはこの町で密かに攘夷を謳い続けた人達が一斉に捕まってます」
「その連中も見ていた方がよさそうだな…」
「では自分が調べておこう…こんのすけ殿、後で詳しい場所を教えてくれ」

こんのすけの調べに和泉守は腕を組みながら精悍な表情で資料を見つめ、それらの監視も視野に入れた様だった。
 そしてそれを引き受ける声を上げたのは和泉守の正面で背を伸ばし足を揃え正座する蜻蛉切だった。更にこんのすけは、片前足で資料データを押し言葉を続ける。

「もう一つはオランダの蒸気船が母国に向けて出港します」
「蒸気船!」

プロジェクターに表示された蒸気船の写真を見て、即座に興奮気味に声を上げたのは陸奥守だった。よう見せてくれ、と更に資料へと見入る様に近づく陸奥守にこんのすけが「近くですよ」と場所を教えると「よっしゃ!港の調べはわしに任せちょけ!」と立ち上がり港のある方角へと輝かしい両眼を向けた。

「おい!遊びに行くんじゃねぇんだぞ」
「わかっちゅうわかっちゅう。ちゃ〜んと仕事はしてくるき。心配しなや」

そんな無邪気な様子の陸奥守に呆れた様子で注意喚起する和泉守。陸奥守は、呆れる和泉守を余所にして楽し気に顔を綻ばせ襖の方へと歩いていく。
 そして襖に手をかけた時、「じゃがのう和泉守。」と低く、声を一変させ和泉守に反抗的な表情を向けた。

「別にわしはお前を隊長として認めたわけじゃないぜよ。主の指令やきとりあえず言う事は聞いちゃる。そいつを忘れんなや」
「そういうこと言ってると後で吠え面かくぞ?」

陸奥守の無機的な鋭い発言に和泉守は余裕そうな口ぶりで返す。部屋の雰囲気が一瞬にして重みを増したような気がしたがそれは「ほいだら、行ってくるきのぉ〜!」と声を上げ廊下を走り去ってゆく陸奥守によって軽くなった気がした。
 プリンセスは陸奥守が少年の様に無邪気で可愛らしく見えて顔を綻ばせる。それとは対照的にどこか納得していない様子で「騒々しい奴だ」と、ぼやきを零す訝しげな表情の和泉守にプリンセスが「隊長さん何か問題でも…?」と冗談染みた口ぶりで言えば和泉守は「何もねえよ」と呆れた様子で溜息を零した。

 すると「なぁ和泉守殿…」と蜻蛉切が立ち上がり控えめに声を上げた。陸奥守の騒々しさに続き「なんだ、あんたも何かあるのか」と乗り気でない言葉を返すと蜻蛉切が照れ隠しする様に頭をかき首へ手をかけた。

「実は自分も蒸気船なるものを一度見てみたくてな…よいか?」
「え」

蜻蛉切の予想外の言葉に思わず、抜けた様な言葉が零れてしまった和泉守だった。