刀剣福祉課です


 誰からも見放されてしまった様な何処かの蔵で横たえる一人の男、鶴丸国永。その周りには折れた刀が幾つも散らばっている。容姿は、元は良いのだろう、しかしろくな食事も与えらえていない様で酷く痩せこけていて、白を基調としているが酷く荒んでいる。

すぐ行くから待ってろよなーー。

そう心の中で唱え、折れている刀へと手を伸ばす。
 
 すると鶴丸国永のもとへ近づく一つの影。男は輝きを失ったゴールド色の目を僅かにそれに向けるが逆光により顔は認識できない。そして、その影が視線を合わせる様にしゃがみ込む。

「鶴丸国永…貴方を助けに参りました」

助ける…?
遠のいてく意識の中ではっきりと聞こえた言葉に、希望を意味したのか、それとも絶望を意味したのか、鶴丸国永の瞳から涙が零れ出す。

「まだ意識はあるようですね。ご安心下さい、私の力を少しお貸しいたします」

その影は、地に力なく落ちる白く細い腕を取り、手を包み込んだ。そして薄暗い蔵が光で包まれる。

鶴丸国永は久しく感じた、生の漲る感覚に遠のいてく意識で思った。

これはーー

      "審神者"…か。



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鶴丸国永は目覚めた時、ただ茫然と白い天井を眺める事しか出来なかった。硬く冷たい土の上で横たえていたはずなのに、今は温かい布団の中にいる。

一体自分はどこへ来てしまったのだろう。
これからどうなる。
蔵で一体何が起きた。
様々な疑問が脳内を巡っていた。

すると鶴丸国永の視界の端で、誰かが此方に向かって来る姿が映った。

「目覚めましたか」

鶴丸国永はハッと目を見開いた。自分を見下ろすその人物が、蔵にやって来た人物と重なったからだ。するとその人物は、にこっと動揺を込めて揺れる鶴丸国永の瞳に笑みかけた。

「ここは、刀剣福祉課、保護施設でございます」

突然発せられた言葉に鶴丸国永は顔を渋めた。発言者は鶴丸国永の反応を気遣ってか、少々眉を下げさらに言葉を続けた。

「鶴丸国永…貴方は所謂…"ブラック本丸"という所に顕現してしまったのです」

"ブラック本丸"その言葉を聞いた瞬間、鶴丸国永の心にずっしりとした重みがのしかかった。その言葉を聞いたことは無かったが、その意味を察した様だった。そして鶴丸国永は震える口を、声は出るだろうか、緊張を示しながらも恐る恐る開く。

「…あいつはどうなったんだ…?」

脳裏に浮かぶ、思い出したくもないが記憶に焼き付いている…主の姿。すると問いかけられた人物は一度視線を逸らし、またすぐに鶴丸国永の瞳を見つめた。

「そのことに関しては刀剣福祉課にとって対象外の業務内容となっております。ただ…恐らく、もう審神者という職に戻る事は許されないでしょうね」

マニュアル通りの様な言葉に鶴丸国永は「そうか…」とため息交じりに呟いた。それが喜びを意味しているのか、悲しみを意味しているのかは分からない。ただ鶴丸国永は、これ以上自分の様な犠牲が増えることが無いという事に安堵した様だった。

「では、鶴丸国永…早速ですが自己紹介よろしいでしょうか?」

鶴丸国永は知らず内に考える様に落としていた視線を上げた。

「わたくし、刀剣福祉課職員"プリンセス"と申します。身体・精神回復から新たな審神者への引継ぎまでを担当させて頂きます。どうぞ短い間ですが、よろしくお願いいたします」

プリンセスは慣れた口調で言い終えると深く頭を下げた。しかし、鶴丸国永にとって、そうも簡単に受け入れる事が出来るわけがない。
 苦笑し「いや、言ってる事の意味が分からないんだけど…」と頭をかく。するとプリンセスは笑顔を張り付けた顔を崩し、ハッとした様な表情を浮かべてから直ぐにまた、にこっと笑んだ。

「突然の事に困惑してしまいますよね…しかしよくある事例です…一から説明致しますね。先にも申したようにここは保護施設です…審神者から何らかの身体的・心理的害を受けた刀剣達が保護される施設なのです」

そこまで言うとプリンセスは眉を下げ鶴丸国永の手を包み込んだ。

「鶴丸国永は…幾つかの項目に当てはまる状態でした…わたくしたち刀剣福祉課職員は各支部に配置されている本丸を抜き打ち訪問し、それらを未然に…または現行的に阻止するお仕事をしています」

鶴丸国永は、プリンセスが最後に発した言葉に双眸をカッと見開いた。そして瞬時にプリンセスに包まれた手を勢いよく振るった。空虚に浮くプリンセスの手。
 すると鶴丸国永が怒りにも悲しみにも満ちた瞳を彼女へと向ける。

「なら何故もっと早くに来なかった…」

鶴丸国永の言葉にプリンセスは思わず瞳を大きく見開いた。鶴丸国永は怒りと悲しみで揺れる瞳を瞼が揺れる程強く閉ざし、惜しむ様に、皮膚に爪が食い込んでしまうくらい拳を握った。

「彼奴らは…」

鶴丸国永の脳裏に鮮明に浮かぶ、折れた刀達。自分だけが助かったことが悔しくて、悲しくてそれに伴い怒りも込み上げる。さらに拳に力が入る。
 すると、プリンセスは自分の皮膚を傷めつける鶴丸国永の拳を解くように、ゆっくりと包み込んだ。鶴丸国永は涙で赤く染まる瞳を上げプリンセスを見た。

「鶴丸国永…申し訳ございません。」

たった一言。その言葉を聞いただけで鶴丸国永の顔は、ただ唖然と表情を無くした。鶴丸国永は、この子が謝ったってどうにもならない、もう彼奴らは帰ってこないのだから、拳を包まれた以上、この胸の内に詰まった怒りはどこへ吐き出せば良いんだ、そう思った。

「では…明日。…まずはしっかり食事と睡眠を取り、健康な体に戻していきましょう」

プリンセスは宥める様に眉を下げ柔和な笑みを浮かべた。そして、ゆっくりと鶴丸国永の手を離し、背を向け去っていった。
 鶴丸国永はプリンセスが去っていった後、拳を握っていた手を表返し、先程まで感じていたプリンセスの手の温もりに涙を流した。蔵で、死の間際だった自分の手を包んだプリンセスから伝わった生の感覚。ああ、自分はまだ生きている、命が惜しい、そう思えた。ただ普通に呼吸が出来る事に、生きる事の喜びに胸が満たされた。
 だから、彼奴らの分まで、生きてみようーーそう思った。