焼け跡


「焼け跡を見た所で何か出るわけでもないと思うが…」

 和泉守は自身の足元に広がる黒焦げの残骸を眺めながら言葉を零した。和泉守の愚痴に対して普段のプリンセスだったら、そんな事言わないの、と和泉守を叱るのだが、どうやら彼女も今回ばかりは和泉守に賛成している様だ。
 
「そんなことないですよ。これまでの火事より範囲が広がっている」

 こんのすけが、様々な資料分析がまとめられたデータを見つめ口にした。

「え!?それって歴史が変わってるってこと!?」

 咄嗟に、大きな青い瞳をこんのすけに向ける堀川。するとこんのすけはチラッと堀川に目配せた。

「そうですね。被害者の数も増えてる」
「それってまずいことなんじゃ…」
「このくらいなら歴史抑制力が利きますから。簡単に言えば歴史をあるべき姿に修正していく力の事ですね」

 堀川が不安げに言葉を返すと、こんのすけは、それを緩める様に明るい口調で云った。

「ただこういう小さな歪を時間遡行軍が利用してくる場合もある。それを未然に防ぐのも俺らの仕事だ。薬研、プリンセス、何かあったか?」

 足元から顔を上げ、和泉守が問いかけると、焼け跡の瓦礫の上で首を振る薬研。プリンセスは和泉守の掛け声に気づいていない様子で焼け跡の山をジーッと探るように見つめていた。

「早くて夕暮れ前か…あいつら何か見つけてるといいんだがーー」
「わっ!」

 和泉守の言葉を遮る様に突然、プリンセスの短い悲鳴が上がった。和泉守達は瞬時にプリンセスに目を向けた。するとプリンセスは焼け跡の山から滑り落ちる様に、転んでしまった様だった。
 和泉守は、やれやれと云う様な顔を浮かべ、尻餅をつくプリンセスに近づき、手を差し伸べた。

「おいおい、大丈夫か?プリンセス。」
「えへへ、こけちゃった」

 プリンセスは、苦笑しながら「ありがとう」と言葉を述べ、差し出された手を借りて立ち上がった。その時、和泉守は重なった彼女の手が、こんなにも小さかったか、と少し驚いた。

「よっと…」

 手が引かれる反動に寄って、少し足がよろけてしまい和泉守の懐に入る様に距離が縮まった。プリンセスは何食わぬ顔をしている様子だが、和泉守は普段、"師匠"として慕っているせいか、その存在は大きく見えていたが、こんなにも近くで触れてみると自分よりも遥かに小さく男達に比べたら華奢であるプリンセスが懐にいる事を意識し始めると徐々に頬が赤く染まってゆく。

「ん…どうしたの、兼定?」

 そんな頬を赤らめ少々動揺する和泉守をプリンセスは見上げて何食わぬ顔で問いかければ、焦った様で「何もねえよ!」と顔を晒す和泉守。
プリンセスは「反抗期かな…」と冗談気味な口ぶりで言葉を零し、そして顎に手を添え何か考える様な仕草をした。

「…ここで問題です」

 プリンセスは軽い口調で呟いた。その場にいた皆がプリンセスに注目する。

「時間遡行軍がこの時代、この場所にやって来るなら歴史に関わる何かしらと関係あるはず…それは、何だろう?」
「…攘夷と蒸気船…か…」

 和泉守が顎に手を添え考える素振りをする。更に和泉守は何か思いついた様に腕を組んだ。

「そういえば昨夜の城にも外国人がいたと言っていたな…」
「もし攘夷を訴えてる人が外国人をやっちゃったらどうなるんだろう?」

 堀川が首を傾げながら問いかけた。いつの間にか、プリンセスと和泉守のもとに堀川と薬研、そしてこんのすけも集まっていた。

「そりゃ怒るだろ」
「怒るって誰が?」
「家族…国…国が怒ったら…戦争か!」

 ようやく遡行軍の狙いの糸口が繋がったーー、プリンセスは、ふう、と息をつき口元を緩め、和泉守に目配せた。その視線に気づいた和泉守はプリンセスに目を向けた。

「まさか、あんた…気づいてたのか?」
「…さあ?どうだろう…それよりあれ見て」

 恐る恐る和泉守が訊くと、プリンセスは首を傾げ、おどけた様に笑みを浮かべた。そして直ぐに表情をキリッと引き締め、遠くを見つめた。彼女の視線の先に皆が目を向けるとーー灰色の煙が空に立ち上っていたーーそこは、陸奥守と蜻蛉切が向かった港だ。


 

 和泉守、堀川、薬研、こんのすけ、そしてプリンセスは港の方へと駆けていた。不意に通り過ぎる町人達が、蒸気船が爆発したらしい、医者を早く、と声を上げているのが耳に入って来る。どうやらかなりの大惨事らしい。

 ふと、プリンセスは自分たちが向かう方向とは逆の方向に駆けていく顔を隠した二人の男とすれ違った。駆けていく二人の男ーープリンセスは、それを瞳を鋭く細め捉えた。そして瞬時に何か思いついた様子で、前を走る和泉守の水色の羽織を掴んだ。突然後ろに引かれ、和泉守は後ろを振り返った。

「なんだよ!」
「兼定!あれ見て!あの人達を追って。」

 和泉守は少々怒涛の籠った声を上げた。しかしプリンセスはそんな事、眼中にないという様に二人の男を注視し、指さした。

「だが蒸気船にーー」
「いいから!」

 顔をしかめ怪訝そうな表情を浮かべる和泉守にプリンセスは怒鳴り声に近い声を上げた。同時に和泉守に向けられた顔は、鬼の様に恐ろしい、と和泉守はギョッと身を引いた。

「わ…わーったよ…行くぞ!国広!」

 そして和泉守は少し納得いかない様子で、むしゃくしゃと頭をかいてから、自分を待つ堀川に声を上げ、男達の後を追った。
 プリンセスは、去ってゆく二人の背を見届け、自身も急がなければ、と駆けだした。