蒸気船


 時刻は、すっかり夕暮れ時となっていた。プリンセス、薬研、蜻蛉切は建物の影に身を突っ伏し、陸奥守は先程の爆発を思い出させる半分ほど沈んでしまった蒸気船を前に座り込んでいた。
 
 プリンセスは爆発直後、到着した際、彼が男を肩に担ぎ海から上がった姿と現在、蒸気船を前に黙りこくる彼の背が小さく見え、その大きな違いに何も口にすることが出なかった。

 ふと、町に繋がる大階段に目を向けると和泉守と堀川そしてこんのすけが此方に向かって来るのが目に入った。プリンセスは、和泉守に駆け寄る。

「兼定…どうだった…」

 プリンセスは伺う様に上目遣いに見つめた。すると和泉守は、はあ、と一つ吐息を零した。

「あんたの憶測通りだったーー。」
「…そう…」

 遡行軍の狙いが判明する喜ばしい事であった、しかし和泉守もプリンセスもどちらも浮かない表情を浮かべていた。そしてプリンセスは、蒸気船前に座り込む陸奥守に目配せた。和泉守は、隊長として声掛けるべきか、思案し、彼の元へ歩みを進めた。

「隊長は今頃登場か…」
「…薬研、そんな事言わないで…私が兼定に対して別の事を頼んだから…」

 そっけなく言い放った薬研にプリンセスは眉尻を下げ、彼を見つめた。薬研は、そんな憂いを帯びた表情を浮かべる彼女の顔など見たくない、という様に顔をそっぽに向けた。


「そんなんやき新選組は夢半ばで散っていったんじゃろが!」

 遠くからでもハッキリと耳に入った陸奥守の感情的に張り上げた怒鳴り声。プリンセスは、彼の発した言葉の内容にハッと目を見開いた。そして罵声を受けた和泉守をーー彼の精神を気に掛ける様に不安げに見据えた。
 そんな彼女の気持ちも虚しく、和泉守は血相を変えて陸奥守の胸倉をつかみ上げた。プリンセスが駆け寄ろうとした時ーーそれよりも先に堀川が彼らのもとへ駆け寄った。

 陸奥守は、とても近寄りがたい険しい顔つきで大階段を上り町の方へ向かっていった。それを追おうとする和泉守を堀川は止め、何やら諭している様で、どうやら和泉守が納得し、すぐに、堀川は陸奥守の追った。プリンセスは、和泉守の性格を理解しているが故の堀川の行動にひどく感服した。

 そして和泉守は気持ちを切り替えた様に落ち付いた素振りでプリンセス達の元にやってきた。

「薬研、蜻蛉切、プリンセス、頼みがある。…聞いてくれるか」

 プリンセスは、勿論、という様に口元を緩め頷いた。そんな受け入れ態勢の彼女とは逆立って、薬研は「言われたことはする。主の命だからな」あくまでも和泉守の願いを直接的に受け入れるつもりは無い様だ。

「なに、隊長の指示に従う事には変わることには変わらん」
「ああ…俺たちにとって何よりも大切なことは時間遡行軍から歴史を守る事…そうだろ」

 僅かに顔をしかめた和泉守を気遣う様に蜻蛉切は声を上げた。そして和泉守は気を取り直して語った。

「船を爆破したのは遡行軍じゃない。この時代の浪士達だ。この時代外国人の排除正しいとするのが一般的な考えだ…」
「この国で外国人が事件に巻き込まれて犠牲になれば当然本国だって黙っていない。戦争が始まって歴史が変わる」

 こんのすけが補足すると、皆は和泉守の推測に、にわか納得した様子で黙りこくった。

「時間遡行軍はそれを利用したということか…」
「奴らは自分達の手で歴史を変えようとしないの…意外と有能なのよ」

 蜻蛉切は遡行軍の緻密な回りくどさに僅かに恐れ入った。さらにプリンセスも嫌味に言葉を吐き捨てるが、奴らに懼れを感じたのは認めざるおえない。

「確証はあるのか?」

薬研は和泉守の推測に根拠があるのか伺う様に一瞥した。

「あの怪しい男二人を追ったのでしょう?」

 言葉を返したのはプリンセスだった。薬研は彼女が言葉を返したことに少し不平を抱いた様子で顔をそっぽに向けた。そして、こんのすけは、プリンセスを見上げ頷く。

「そして、僕の情報を照合しながら今まで調査に奔走していたんです」

 こうして、和泉守の推測は立証された。プリンセスは、さすがという様に和泉守に目配せた。しかし、和泉守は彼女があの時ーー自分を留めて怪しい二人の男を追う様に促した事に、これは彼女のおかげである、そして手を貸してくれた国広の力もあってだ、と少し遠慮気味に肩を竦めた。
 しかし、隊長として丸腰なのは見立てが悪いと、キリッと表情を強張らせた。

「間違いない。時間遡行軍の目的は外国人を狙う浪士達の行動を助けることだ」


 そして、薬研、蜻蛉切、プリンセス、和泉守は遡行軍が手を掛けると思われる浪士たちの守備を固めるため場所を移動した。
 その途中、歩みを進めている時、和泉守はプリンセスの小さいが大きく見える彼女の背に声掛けた。

「なあ…プリンセス…」

 名を呼ばれた当人は、なに、と首を傾げた。

「どうして、アンタはいつも一歩先を読めているんだ…」

 蒸気船が狙われるとわかっていた時ーーそして、今回の大目玉であった怪しい二人の男ーー。全てをプリンセスは、見事に着眼点としていた。
 すると、プリンセスは足を止め、踵を返した。突然、振り返った彼女に和泉守は驚いた様子で瞳を瞬かせる。そして彼女は、口元に月を描く様に骨格を上げた。

「どうしたら歴史をぐちゃぐちゃに出来るか…彼らと同じことを考えればいいのよ」

 口元は笑った時の様に弧を描いている。しかし、目は笑っていなかった。和泉守は不思議と身が震えた。今までにない、初めて彼女に感じる懼れ。しかしプリンセスは、けろっと表情を緩め、踵を返した。

「なんて…兼定は、そんな考えしちゃダメよ」
「俺は…時に、あんたがすげぇ怖く見える…」

 プリンセスは何気なく和泉守の言葉を聞き流していた。

「だが、それと同時にどうしよもなくアンタが強がっているようにも見えんだよ」

 プリンセスの足が止まった。なぜなら、和泉守に腕を取られたからだ。そして同時に心が締め付けられる様な感覚に襲われた。
 "強がっている"ーーその言葉がプリンセスの顔を歪めさせた。

 夕焼け色に染まっていた土が徐々に夜の暗闇に包まれていく目に留まる光景に、プリンセスは、はあ、と一つ吐息を零し、もう一度、和泉守に振り返った。

「兼定…生意気…。でも、ありがとう…」

 和泉守にとって彼女のその時の表情は信じられない程、脳に鮮明に焼き付いた。