十一番


「今剣」

 戸をノックして扉前で声を掛かると中からタッタッタッと此方に向かって走ってくる足音が聞こえてきた。
 そして、勢い良く扉が開けられ、満面の笑みを浮かべた短刀男士ーー今剣がプリンセスに抱きついた。

「プリンセス!会いたかったよ」

 ぎゅっと腰に回る小さな腕と手にプリンセスは腰がそりそうになりながらも、胸元にある今剣の頭を撫でた。

「私もです…ご飯は食べましたか?」
「うん!たくさん食べたよ!デザートが凄く美味しかったあ」
「それは良かったです」

 今剣はパッと顔を輝かせてプリンセスを見上げた。立て続けに行われる引き継ぎ業務に疲れを感じたプリンセスにとって彼の笑みは癒しでもあった。

「プリンセス、こっちこっち」

 今剣は、プリンセスの腕を引いた。プリンセスは驚きながらも、流されるがままに今剣の小さな背に着いていく。そしてたどり着いたのは、小上がり畳の和室。
 今剣は自分の下駄を放り脱ぎ捨て、プリンセスは、やれやれ、と困った様にその下駄を並べ、自分の履くパンプスも隣に並べて、畳に上がった。

「いつものやって」

 まるで幼子の様に無邪気にいう今剣にプリンセスは、はいはい、と眉を下げ、笑みかけながら畳に足を崩した。

「ぎゅーっ!」

 今剣はプリンセスの膝に頭を乗せ寝転び、彼女のお腹に腕を回して抱きついた。所謂、膝枕ーー今剣はプリンセスの膝枕が大好きだった。そんな彼をプリンセスは、本当に幼子の様だ、と思いながらも母性がくすぐられ、今剣の髪を撫でていた。

「最近、手合わせ場には行かれましたか?」
「いいの行かなくて」

 ふと、プリンセスが訊くと、今剣は頬を膨らませてそっぽを向いた。プリンセスは困った様に眉を下げた。

「しかしそれでは、鈍ってしまいますよ…」
「いいもん…僕、沢山戦ったもん…」
「今剣…」

 彼は瞳を潤ませていた。私は思わず言葉を失った。
 今剣が、この保護施設に来る前、彼の主は、とても武闘派の審神者だった。休む暇も無く、鍛錬、指令の繰り返しで、今剣はその日々に耐えられなくなり、偶然、抜き打ち訪問に伺ったプリンセスに助けを求めたのだ。勿論、その主と相性の良い刀剣男士はいた。しかし、今剣には、その主との相性が合わなかったみたいだ。

プリンセスは、お腹に顔をひそめる今剣の頭を撫でた。

「今剣…ごめんなさい…あなたは本当によく耐えてきましたね…笑顔を見せて」
「…うん…」

 プリンセスのささやきに今剣は、ぐすん、と鼻をすすりながら顔を上げた。そしてプリンセスは彼の頬に伝わる涙を拭った。

しばらく2人は、たわいの無い話をし、互いにとって癒しの時間を過ごした。

 ふとプリンセスは時計に目をやり、そろそろ次の業務に取り組まなければ、と今剣に退いてもらう様、渋々、申し訳なさそうに彼に笑みかけた。

 しかし、今剣は、もう少しだけ、とプリンセスのお腹にさらに抱きつく。プリンセスは、やれやれ、という様に苦笑した。

「今剣…そろそろ新たな審神者の所に行きたいと思いませんか?」
「全然!」

 プリンセスの何気ない問いに今剣は即答であった。プリンセスは一瞬、衝撃で目を見開きぱちくりと瞬かせた。

「しかし…それでは…」

困った様に言葉を濁した。

「嫌だ!僕ずっとここにいる!」

 今剣は、訴えかける様にプリンセスを見上げた。プリンセスは瞳を閉じ首を横に振った。

「それは、なりません」
「嫌だ!」

 どちらも引かない永遠と続くであろう争論に、プリンセスは吐息をつき困った様に苦笑し、強気に眉をひそめる今剣の頭を撫でた。

「今剣…貴方は立派な刀剣男士なのですよ」
「なら…プリンセスが審神者になってよ!」

 プリンセスは今剣の言葉に思わずギョッとした。時に幼子は無意識に人の心を突き刺す言葉をはきだす、プリンセスは思った。

「僕ずっとプリンセスといたい…」

 今にも消えてしまいそうなほど小さな声で呟く今剣に、プリンセスは、参った、という様に眉を下げ、彼の頭を撫でることしか出来なかった。

「もう少し…様子を見てみましょうか」

 つくづく自分は今剣に甘い、と思いながらも、彼のこの甘え具合は、審神者から注がれなかった愛情不足の反動であると、プリンセスは仕方のないことだと思った。

「うん!プリンセス大好きだよ!」

 さらにプリンセスにギュッと抱きつく今剣にプリンセスは、まるで母親が子を宥めるように、安らかな表情を浮かべた。