三番


「刀剣福祉課です…抜き打ち訪問に参りました」

 立派な門構えの前でプリンセスは声を上げた。プリンセスは、毎度毎度、この本丸への抜き打ち訪問には緊張していた。

 暫くして母屋から一人と一体がプリンセスのもとへやって来た。審神者と、刀剣男士ーー三日月宗近だ。プリンセスは一つ息を飲み、頭を下げる。

「刀剣福祉課です…本日もーー」
「分かってるわよ!…うるさいわね」

 プリンセスが改めて挨拶をすると、審神者は如何にも嫌気な顔をしてプリンセスを一瞥した。そんな彼女の隣にいる三日月宗近は、申し訳なさそうな表情を浮かべプリンセスに僅かに頭を下げた。

「早く終わらせてちょうだい」
「ええ、勿論…問題が無ければ早急に終わりますので」

 プリンセスに背を向け、あしらうような口ぶりで審神者は言葉を吐き捨てた。そんな彼女にプリンセスは笑顔を張り付けたまま口にした。すると審神者は、カッとプリンセスを睨みつけた。

「成り損ないのくせに!」

 怒涛を零す審神者だが、相変わらずプリンセスは笑顔を張り付けたまま審神者を見据えていた。そんな平然な態度のプリンセスに審神者は、ギリギリと奥歯を噛み締め、ふんっと鼻を鳴らし、踵を返した。
 審神者が立ち去った後、プリンセスは、ふう、と緊張がほぐれた様に胸を撫で下ろした。

「申し訳ない事をしたな…」

 プリンセスが、やれやれという様に苦い表情を浮かべていると、三日月宗近が垂れた目尻を更に下げ、プリンセスに頭を下げた。

「貴方が謝る必要などありません…もう、慣れましたから」

 プリンセスは三日月宗近に頭を上げるよう促し、彼に微笑みかけた。それでも三日月宗近は眉を下げ憂いを帯びた瞳でプリンセスを見つめていた。そんな彼の瞳を見てプリンセスは酷く心を締め付けられた。一度、視線を逸らし、もう一度三日月宗近に目配せる。

「三日月宗近…」

 三日月宗近は、眉をひそめうつむいた。とても苦しそうな表情だった。そして、ゆっくりと頷き、こちらへ、という様にプリンセスに目配せ、踵を返した。プリンセスも彼と同じような表情を浮かべ、後を追った。





「一か月の間で…こんなにも…」

 プリンセスは、布に包まれた、幾つもの折られた刀に目配せた。三日月宗近は瞳を閉ざし、苦し気に眉をひそめ、ゆっくりと頷いた。
 
 母屋から少し離れた物置小屋にプリンセスと三日月宗近は、いた。そしてその物置小屋には幾つもの折られた刀が粗末に、まるで初めから無かったものの様に仕舞われていた。

 これは今に始まったことではないーーしかし、この様な事実があってもあの審神者を罰する事は出来なかった。身分がモノをいうーー政府は、ここの審神者の力が幾つもの代を積み重ね培われた強力なモノであると、大したことで粗末に出来ない、と考えている様だ。
 刀が幾つも折られていて大したことでは無いーー疑問が浮かぶ。
 プリンセスは、ここの審神者に対して湧き上がる怒りを押し堪え、三日月宗近と折れた刀達を交互に見据えた。

「私が責任を持って、この子達を保護いたします」

 罰することの出来ないプリンセスにとってそれだけが唯一、折られた刀に対して出来る償いであった。三日月宗近は、三日月の浮かぶ瞳を細め、ありがとう、と頷いた。
 プリンセスは丁寧に刀を布で包み込み、アタッシュケースへと入れた。そして立ち上がり、三日月宗近に向かい合う。そして彼を上から下まで、ばれない様に見据えた。以前会った時と何処か変化がないか、探る様にーー。

「三日月宗近…貴方自身も、きっとあの方に酷い事をされているのでしょう…」
「…彼らに比べたら大したことは、無い…」

 プリンセスは眉をひそめ首を振った。そして何か隠す様に視線を落とす三日月宗近の頬に触れた。

「以前より、頬が、こけておられます…それに、その腕の傷も…」

 プリンセスが腕を取ろうとすると、彼は「案ずるな」と弱く微笑み、腕を引いた。

「貸してください」

 半ば無理やりに三日月宗近の腕を取り、裾を上げた。やはりそこには、痛々しい縛られた様な内出血を起こした跡が残っていた。プリンセスは、今にも泣きそうになる気持ちを抑え、彼の腕に手を添えた。そして僅かな光がそこに注がれる。

「…いつも、すまないな…」

 プリンセスの手が離れた時、三日月宗近の腕の傷はきれいさっぱり無くなっていた。申し訳なさそうに眉を下げる三日月宗近に彼女はかぶりを振った。

「いいえ…あの方が言った通り、審神者には届かない、ほんのちっぽけな力ですから」

これくらいは、やらせてください、とプリンセスは遠慮気味に微笑んだ。そんな彼女を三日月宗近は、憂いを帯びた瞳で一瞥した。

「プリンセスが審神者で、あったら、と時に考えると心が安らぐ」

 三日月宗近は、主にも見せた事のない程に安らかな表情を浮かべていった。

「三日月宗近…」

 想像もしていなかった事を言われ、プリンセスは衝撃のあまり言葉が出なかった。同時に心が酷く痛んだーー。





 本丸内、全ての巡回を終え、プリンセスと三日月宗近は門構え前にいた。

「では…三日月宗近…くれぐれも無理のない様に…」

 不安げな表情を浮かべるプリンセスに三日月宗近は口元を緩め、頷いた。プリンセスは、そんな彼に何か言葉をかけようと口を開いたが言葉は出てこなかった。静かに口を閉ざし、深く頭を下げ、背を向けた。

 しかし、プリンセスはもう一度、三日月宗近に体を向けた。そして何か訴えかける様に力強く揺れる瞳で彼を見つめた。

「三日月宗近!私が貴方に少しの力を宿します!そしたら共に保護施設へ行き、新たな審神者のもとへ!」

 プリンセスは全てを言い終えた時、ハッとした。三日月宗近も、驚いた様子で彼女を見つめていた。ここまで感情的に言葉を述べた彼女の姿を見たことが無かったからだ。
 そして三日月宗近は、困った様に笑みを浮かべ、プリンセスの頭に手を添えた。

「プリンセス…俺がここを離れてしまったら残された刀達はどうなる?俺はここからは離れられない」

 プリンセスは思わず泣き出しそうになった。三日月宗近の顔があまりにも優しく穏やかであったからだ。返す言葉がなかった。プリンセスは静かにうつむいた。

「また…近い内に伺います…」

 震える声を押し殺しながらいった。

「プリンセスのその気持ちだけで十分だ、ありがとう」

 もう一度、頭を下げ、上げた時、見えた三日月宗近の表情に、これほど悲しい微笑みを浮かべるものなどいないーーそう思った。