審神者


 プリンセスは、ただ漠然と突っ伏した。目の前に広がる光景が理解できなかった。 




「…え…どういうことですか…?」

 プリンセスが事務作業をしている時だったーー。刀剣福祉課に一本の伝令が入った。その内容は、とある本丸の審神者が本丸に火をつけ逃亡したーーというものだった。プリンセスは、それを訊いた途端、心臓がドキッと鳴った。まさか、と思い当たる節を浮かべたが、そうであって欲しくないと強く願った。
 
 しかし、その願いは届くことなく、予想通りその本丸は、あの政府お墨付きの本丸であった。プリンセスの脳裏に浮かんだのは、三日月宗近だった。生存者は何体かいるという情報が、にわかに囁かれ、プリンセスは、見て確かめなければ納得出来ないと言わんばかりに、早急に本丸へと向かった。



 そしてプリンセスが本丸に着いた時ーー。
そこにはもう、焼け焦げた跡の崩れた本丸だけが残されていた。
 プリンセスは愕然とした。そして辺りを見渡した。しかし、彼女の目に映るのは、まいった、と言う様に焼け跡を見つめる政府の役人と鑑識の者たち、そして刀剣福祉課職員から僅かな力を分け与えられる刀剣男士がちらほらとーー三日月宗近の姿はどこにも見当たらなかった。
 プリンセスは震える足を踏み込み、歩みを進めた。どこかにきっと彼がいる事を信じてーー。

 そしてプリンセスは少し離れた所で何人かの職員が囲む輪を除き込んだ。背筋に衝撃が走った。

「三日月宗近!」

 職員たちに囲まれたその中心にいたのは三日月宗近だったーーしかし、その姿は、悲惨なものだった。仰向けに倒れており、服は所々焼けて、顔は黒い煙で汚れていた。
 プリンセスは職員たちを払いのけ三日月宗近に近づいた。彼の顔を覗くと、微かに三日月の浮かぶ瞳を覗かせた。

「その声は…プリンセスか…」

 とても小さなかすれた声で囁いた。プリンセスは眉根を寄せ、彼の頬を撫でた。プリンセスの手が黒く染まっていく。

「一体何が…」
「…そんな顔をするな…どうやら、主を怒らせてしまったようだ…」

 三日月宗近は、涙をこらえる様に顔をひそめるプリンセスを安心させる様に、力なく微笑んだ。そして火事後の黒い煙で染まった空を見つめた。

 どうやら三日月宗近は、審神者のいい加減な行動に痺れを切らし、注意を促した様だ。今まで一切口出しをしなかった三日月宗近に審神者は感情的に怒鳴り上げ、そして本丸に火を点けた。
 すぐに炎は本丸全体に広がったらしく、三日月宗近は逃げ遅れた者たちを救う為に炎の中に飛び込んだーー。

 プリンセスは三日月宗近から語られる事実に、体を震わせた。そして酷く自分自身を責めたーーこの本丸の状況を誰よりも一番知っていたのに、何も出来なかった事が悔しく、奥歯をギュッと噛み締めた。
 すると、三日月宗近の手がそっと彼女の頬を撫でた。

「…自分を責めないでくれ」

 三日月宗近の瞳は、信じられない程に穏やかで優しかった。プリンセスは彼の手を握り絞めた。

「すまないな…プリンセス…何も恩を返せなくて…」

 三日月宗近は、遠くを見据え始めた。

「俺は、おまえに出会えて良かった」

 三日月の浮かぶ瞳を閉ざし、頬を緩めた。プリンセスは三日月宗近の頬を包み込んだ。

「駄目です…三日月宗近…目を開けてください」

 プリンセスは、震える声で、遠くへいってしまいそうな彼を繋ぎとめる。

「俺は、いつも夢見てた…プリンセスが主で、プリンセスの為に力を尽くしたいとーー共に歴史を守りたいと」

 三日月宗近は、重い瞼を上げた。そして頬を緩め、三日月の浮かぶ瞳で夢に見たーー主を見つめる。

「夢のままーー夢で、終わらせよう…」

 三日月宗近はゆっくりと瞳を閉ざした。プリンセスは力なく落ちた彼の冷たい手を握り絞めた。

「私、まだ貴方に何もしてあげられていない…」

 プリンセスは、溢れ出した涙と共に、うめき声を上げた。三日月宗近が起き上がる事は無かった。三日月の浮かぶ瞳を見せる事もなかった。信じられない程、優しく穏やかな表情を浮かべる事も無かったーー。
 顔は青白く、それでも、美しく、口元には笑みを浮かべていた。

「お願い…三日月宗近…」

 プリンセスは、さらに彼の冷たい手をギュッと握りしめた。すると、ほのかに黄色い温かい光がその手を包み込む。

「目覚めて…!」

 心に、三日月宗近の姿を浮かべ、叫んだ時ーー。
強い光が三日月宗近とプリンセスを包み込んだ。その光は、瞼を閉ざしていても眩しい程のものだった。二人を囲んでいた職員たちは、腕で瞳を覆い隠した。そして遠く離れた所にいた、政府の役人達は、見覚えのあるその光に目を疑った。
 そして、刀剣福祉課職員に手当される他の刀剣男士の中の一体がその光に目を細め呟いた。

これはーー

      "審神者"…か。