皆同じ気持ち


 プリンセスが目覚めた時、そこは、刀剣福祉課、保護施設病棟の一室だった。気怠い体を起こすと、僅かに頭痛が襲った。

「一体…何が…」

 思い出そうとすると、頭がギュッと締め付けられ、思い出そうにも思い出せなかった。すると、扉が、コンコン、と音を立てた。誰かが来たようだ。
 プリンセスが、どうぞ、と声を上げると、扉が開かれた。プリンセスは、その人物にハッと目を見開いた。

「先輩…!」

 片手を上げ、いつもの様に眉尻と目尻が下がった優しい顔つきの先輩。

「よく、眠れたかい」

 先輩はパイプ椅子に腰かけ、プリンセスに目配せた。彼女は、少し動揺しながらも、頷いた。そして、今、一番に疑問に思っていることを投げ掛けた。

「私は、一体…」

 プリンセスが不安げに上目遣いに彼を見ると、ゆっくりと瞳を閉ざし、頷いた。

「君は、ある一体の刀剣男士を目覚めさせたよ」
「え…?」

 先輩の何の前触れもない発言に思わず変な吐息が零れる。

「三日月宗近…ここまで言えば理解出来るかな」

 プリンセスはハッと目を見開いた。脳内で、切れた紐が繋がった様に、記憶が鮮明に蘇った。しばらく、考える様に黙り込んだーー記憶と先輩の言葉を継ぎ接ぎしている様だ。

 そして10秒程の間を置いて、プリンセスは、ええ、と大声を上げた。突然の声に、先輩は驚いた様子で瞳を瞬かせる。

「私…本当に三日月宗近を目覚めさせたのですか…?」
「うん…事実だよ」

 勢いで、ずいっと顔を引き寄せるプリンセスに先輩は、更に眉尻を下げ笑んだ。するとプリンセスは、大きな吐息をはいて、両手で顔を覆った。肩が小刻みに震えている。

「良かった…」

 プリンセスは、心の底から込み上がる気持ちと共に歯を噛み締めて口にした。そして先輩に顔を向ける。彼は更に何か言いたげな顔をしていた。

「それで、ここからが重大なんだよ」

 先輩は頬をかきながら、言いにくい事なのだろうか、しばらく目を泳がせた。プリンセスは首を傾げ、言葉を待つ。

「どうやら政府は君を審神者にする意向らしい」

「とことん手が荒いよねぇ」と遠くを見据える先輩を、プリンセスは開いた口が塞がらないという様に彼を見つめた。

「今回の一部始終を政府の役人さん達、本人が君の力を見たから、もう即決だよ、どうやら…断る義務は無さそうだよ」

プリンセスは、淡々と言葉を続ける先輩を戸惑いを隠し切れない程に何度も一瞥した。

「待ってください…でも、私…審神者なんて分からないです」

「それなら、俺が、手取り足取り教えよう」


 プリンセスの言葉にかぶせる様に発せられた声、それはゆったりとした口調で、聞き覚えのあるものだった。

「おや、ようやく来たねぇ」

先輩は扉の方に顔を向けた。そしてプリンセスも恐る恐る其方に目を向けると、そこにはーー。

「三日月宗近…!」
「やあ、俺の新しい"主"」

 三日月宗近は優雅に歩みを進め、一度先輩に目配せ、プリンセスに三日月の浮かぶ瞳を向けた。
 プリンセスは、彼が発したーー"主"という言葉に耳を疑い、唖然と彼を見つめた。

「何をそんなとぼけた顔をしているんだ…今の俺は、おまえの力によって目覚めた刀剣だ」

 ゆったりとした、一言一言噛み締める様にいう三日月に、プリンセスは瞳を逸らすことが出来なかった。すると三日月は瞳を細めた。

「あの時、俺の心にプリンセスの気持ちが流れてきたぞ…初めて感じたかもしれないな…あの温かく、繊細な優しい…生の漲る感覚は…」

 あの時ーー三日月宗近が一度、この世から去った瞬間を思い出し、プリンセスは眉根を寄せうつむいた。

「そんな不安げな顔をするな…審神者は胸を張って俺らを使ってくれれば良い」

 プリンセスは三日月宗近の言葉に、顔を上げた。彼の言葉は、プリンセスにとって、審神者になる事に対しての不安を拭い払う様な、それほどの心の支えになる言葉であった。
 しかし、プリンセスは首を傾げた。

「俺ら…?」
「おっと…口が滑ったな」

三日月宗近は、しまったという様な顔つきで、瞳を揺らし眉尻を下げ、後ろを振り返った。

「おいおい、三日月、台無しじゃねぇか」
「ばれちゃいましたね」
「なーんだ、全然元気そうじゃん」

開け放たれた扉から次々と現れる、プリンセスにとってとても繋がりの深い刀剣男士達ーー和泉守兼定、堀川国広、そして加州清光。

「プリンセス!」

彼らを差し置いてプリンセスに抱き着いたのは今剣だった。

「皆さん…どうして」

プリンセスは困惑した様子で一体一体に目配せた。すると、彼女のお腹に顔を埋める今剣が顔を上げた。その表情はとても人懐っこい笑みを浮かべ輝いていた。

「僕言ったよね!プリンセスが審神者がいいって!」

 今剣の言葉にプリンセスは瞳を大きく見開いた。あの時も今剣はこうしてプリンセスに抱き着き、そういったーー。

「俺もあんたとならうまくやってけそうなんだよな…」
「兼さん照れてる…僕もそう思うんです!後…兼さんには助手の僕がいないと」

 更に和泉守兼定は堀川国広が言った通り少し照れかしげに呟いた。そして堀川国広も青い瞳を閉じ笑みを浮かべた。

 プリンセスは、彼らの言葉に気持ちが一杯になり涙が溢れた。そして加州清光に目配せた。彼は、彼女の涙する表情に見兼ねたという様に吐息を零した。

「俺の言ったこと忘れちゃった?ばあちゃんの言葉信じてもう少し待ってみるって…あんたの事だよ」

 あの別れの日の帰り道に呟いた加州清光の言葉の意味が、ようやく解明し、プリンセスは、ハッと瞳を見開き、そういうことだったのか、と納得した様子で涙を拭った。

「皆、同じ気持ちなんだ」

 三日月宗近は、穏やかな表情を浮かべ呟いた。プリンセスは、涙を拭い、それでも溢れてくる涙をどうしよもない、と思いながら顔を上げ、一体一体に目を向けた。

「ありがとう…私、自信ないけど…皆さんと一緒なら何とかやっていけそうな気がします」

 プリンセスは、よろしくお願いします、と口にし、深々と頭を下げた。


「良かった、良かった」

 相変わらず先輩は朗らかな笑みを浮かべ、刀剣福祉課職員の仕事熱心な後輩が審神者になったことを心から喜んだ。