動物に優しい男士


 快晴な空の下ーー。
プリンセスは、荒らされたカボチャの畑前でしゃがみ込んでいた。そして、その主犯者は畑の中で、じっと身動きせず、彼女は、じっと見つめ、そこをどいて、と訴えかけている。

「タヌキさん、タヌキさん…こっちにいらっしゃい…」

 プリンセスは両手を広げ誘い込むが、タヌキは全く動こうとしない。プリンセスは、そのままここにいる方が危うい、恐ろしい長谷部がやってくるぞ、と懇願する様にタヌキを見つめた。

「どないしたん?」

 突然、プリンセスの背後から、あまり聞き慣れない口調で言葉が投げかけられた。彼女は、おずおずと其方に目を向ける。
 そこにいたのは、プリンセスにとって初めて目にする刀剣男士であった。眼鏡姿に、なんかやる気なさそうな雰囲気をまとった男士ーー明石国之だ。
 明石は首を傾げプリンセスを見つめていて、ふと畑の方に目を向けた。

「あの子…畑荒らしちゃったみたいなんだけど…このままじゃ鬼長谷部来るから…どいてもらわないといけないんです…」

 プリンセスが、タヌキと明石を交互に目配せていうと「なるほどなあ…」明石は渋々理解した様子で畑の中に足を踏み入れた。

「えっ!…入っちゃうんですか!」
「仕方があらへん…それにこれ見て」

 プリンセスは、一瞬畑に足を踏み入れるか入れないか考えるも、この際仕方がいない、という勢いで明石とタヌキの元へ駆け寄った。そして彼に促されるようにタヌキを見ると、二つの金属板が合わさり、タヌキの脚を強く挟み込んでいた。プリンセスはハッとした。

「…だから全然逃げなかったのね」
「…そないこと…これに引っかかって動けへんかったんちゃう」
「全然…気づいてあげられなかった…」

 プリンセスは申し訳ないと言わんばかりの表情を浮かべた。その間、明石は「ほいっ」と声を上げ、タヌキの脚を挟む金属板は開いた。そしてタヌキは身動きの自由になった体を震わせ、さささっと駆けていった。
 タヌキを目で追い、ふとプリンセスは取り返しのつかない状態の畑に目を落とした。

「でも、これ…長谷部に何て言おうかな…」

 脳裏に浮かび上がる長谷部の鬼の形相ーープリンセスは僅かに体を震わせた。確実に怒られてしまう、とムンクの叫び状態になっていると、ポンッと頭に手が添えられた。顔を上げると、明石が薄く笑んでいた。

「その時はその時やろ」

 その時、プリンセスは「大騒動ながらも、まあ良いか」と軽い気持ちになってしまった。おそらく明石の何ともやる気なさそうな雰囲気がそうさせたのだろう。

「ほな、いくで」
「…どこに?」
「ついて来たらのお楽しみ」

 プリンセスは首を傾げながらも、パッと目を輝かせ、彼についていくと楽しそうな気がすると好奇心を旨に明石の後を追った。




「あら…可愛らしいタヌキさん」

 プリンセスは、本丸の母屋の縁側の下を覗きながらいった。そしてその隣で明石も同じように覗き込んでいた。

「厠に行った帰りに聞こえてきてなぁ」

 明石の声に続いて子タヌキが「きゅうう」と可愛らしい鳴き声を上げた。思わずプリンセスと明石は顔を合わせて綻んだ。

「もしかして、親ダヌキを探していたの――?」
「そや…そんで、寒そうやったさかい、落ち葉敷いて…な」
「心優しい刀剣さんね」

 すると、子タヌキが鼻をくんくんさせてプリンセスの足元にやってきた。どうやら子タヌキは人懐っこい性格の様だ。プリンセスは子タヌキの背をさっと撫でて微笑んだ。
 その姿を明石は微笑ましそうに眺め、「さて」と言葉を零し立ち上がった。 

「もう幾つか拝借しに行こうかな」
「…私はもう少しここにいるね」

 プリンセスに背を向け、明石は「ほな」と軽く手を振り去っていった。




 しばらくの間、プリンセスは子タヌキと戯れた。ふと、明石がいなくなってから随分と時間が過ぎた様な気がして、彼女は不安げな表情を浮かべ子ダヌキを抱えた。

「明石さん…帰ってこないねぇ…探しにいこっか」

 プリンセスの腕の中で子タヌキは「きゅうう」と鳴き声を上げ返事した。そして彼女は、縁側の下にいる親ダヌキに「ちょっと借ります」と挨拶し明石を探す為、本丸内を歩き回った。

 なかなか見当たらないな、とぐるぐると中庭を見渡していると、ふと縁側の方で、おにぎりが沢山並べられた皿を持つ明石と短刀の蛍丸、赤染、そしてその向かいに長谷部や燭台切、大和守といった多くの男士たちが困ったような表情を浮かべ、明石に何やらいっていた。

 プリンセスは、カボチャ畑の事を思い出し、急いで彼らのもとへ駆け寄った。そして突然現れた彼女に皆、驚いた様子で注目する。

「待って!彼を責めないで…!本当は――」

 その瞬間、プリンセスに抱えられていた子タヌキが飛び上がり、明石の足元へと、顔を和ませ「きゅうう」と鳴き声を上げ、頬をすり寄せた。
 明石は、眉尻を下げ、子タヌキとプリンセスに目配せた。

「あかんやろ。でてきたら」

 そして明石は、やれやれと全ての真実を伝えた。

「じゃあすべての悪戯をしたのは…タヌキ達?」
「いや。色々拝借したのは自分ですから」

 明石は子タヌキを撫でながらいった。

「でもタヌキのためなんだろ?」
「それはまぁ…」
「優しいんだね」

 隣にいた加州と大和守が、彼の優しさに感心した様子で言葉を紡いだ。そして蛍丸や赤染も、らしくない彼の行動に安堵した様子で笑みかけた。
 
「プリンセス、ありがとうな…あんな必死に庇ってくれて」

 明石はプリンセスに目配せて、彼女の先程の行動に感謝を述べた。プリンセスは、自分自身でもあそこまで必死に声を上げたことはなかったなと少し照れかしげに首を竦めた。


 そして、全ての騒動が一件落着となり、明石の歓迎会を催した焼き芋パーティーが開催された。

 プリンセスがゆらゆらと立ち上る煙を眺めていると

「おまえがあんな必死に誰かを庇うのは初めてみたな」

 長谷部が心底感心した様子で彼女の隣に並んだ。プリンセスはそんな彼を横目に見て、ふっと笑った。

「これでも、少しずつこの本丸に慣れて来てるのよ」
「ふっ、そうか、それは良かった」

 彼女の淡々とした口ぶりに長谷部は、一瞬驚いた様子で彼女を一瞥し、薄く笑った。

「寂しい?はたまた、嫉妬――?」
「なっ!なわけあるか!」
「そう――残念」

 顔を真っ赤にして慌てた様子で声を上げる長谷部にプリンセスは、顔を覗かせ、言葉通り残念そうに眉を下げ微笑んだ。

「プリンセスー!焼き芋できたみたいだよ!」
「食べる食べるっ!」

 プリンセスは大和守の掛け声に耳を傾け、大層無邪気な笑みを浮かべて彼のもとへ走っていった。