素直に
「なんだか、平和ね」
「ああ…そうだな」
茶屋の縁台に腰かけるプリンセスは、快晴の空を見上げ、つぶやいた。そして、その隣に腰かける和泉守も心安らいだ様子で返事した。
プリンセスと和泉守は次の時間飛躍までの休息をとっていた。薬研や蜻蛉切、堀川とこんのすけも各自で思い思いに休息をとっているのだろう。
プリンセスは堀川も誘ったみたいだが、彼は、どうやら和泉守に気を遣い断った様だ。
和やかな雰囲気にプリンセスは、んーっと腕を伸ばした。そんな彼女を横目に和泉守も顔を綻ばせた。
ふとプリンセスは和泉守に目配せた。
「なんだか不思議ね」
「何がだ?」
「堀川国広…貴方の助手さんがいないことが」
プリンセスの言葉に和泉守は、ああ、とそこまで意識していなかった様子で零した。
「私も、あの子みたいな優秀な助手さん欲しいなあ」
プリンセスは、軽い口調でいった。すると和泉守は、ふっと笑った。
「あんたに助手なんか必要ないだろ」
あっさりと口にするとプリンセスは、どういうことよ、と頬を膨らませ怒った様子で和泉守に目配せた。和泉守はプリンセスの怒っている様で怒りの色が一切ない瞳を見つめた。その瞳に浮かぶのは、蒸気船に向かう際、自分に二人の男を追う様に指示したり、怯えることなく一心に刀を振るい、遡行軍を断ち切るプリンセスの姿だった。
「あんたは一人で何でもやっちまうだろ?」
プリンセスは和泉守の言葉に少し驚いた様子で目を開いた。そして何か考える様に視線を落とし、そうね、と零した。和泉守はその時の彼女の表情がとても侘しく見え、言ってはいけない事を口にしてしまったのではないか、と何か言葉を付け加えようとしたが言葉が出なかった。
すると、プリンセスはパッと立ち上がり満面の笑みを浮かべ、おどつく男を見た。
「ちょっとお散歩」
プリンセスは軽い口調でそれだけを零し、踵を返した。和泉守は彼女の後を追うか迷った。しかし、腿に手をつき、一つ吐息を零した。
「俺は、何をやってるんだ」
苦々しい表情を浮かべ、呟いた和泉守の脳裏には、先ほどのプリンセスの何ともいえない表情がこびりついていた。
俺があんたに抱くあんたの姿は何が違ぇんだ――
本当のあんたはどう見られてェんだ――
「考えても分からねェ!」
和泉守は心の内を吐き出す様に空に向かって云った。空は微かにオレンジかかっていた。
散歩と扮して茶屋から立ち去ったプリンセスは、夕焼け空を眺めながら何を考えるわけでもなく歩いていた。
「一人で何でもやっちまうか…」
先ほど和泉守に云われた言葉をそのまま口ずさんだ。そしてプリンセスは、ふっと笑みを零した。
「私は貴方が思っている様な刀剣じゃないのに」
本当は刀剣女士である事を馬鹿にされたくなくて、夜中に独り、こそこそと素振りして、あの三日月にも喉をつかれた――かっこ悪い師匠なんだ、とプリンセスは云いたかったがそれが出来なかった。なぜなら、彼が師匠として慕ってくれているから――彼女にとって、女である自分を師匠として慕う彼の志がとても嬉しかったのだ。
その気持ちを壊したくない、そう思った時、言葉に出来なかった。
プリンセスは、はぁ、と吐息を零したーーその時だった。
「あんた、何やってるんだ」
男が辛辣な口調で声を上げた。そして同時にプリンセスの腕を掴んだ。プリンセスは、知らずうちに伏せていた顔を即座に上げた。そして目に映った光景に言葉を失った。
そこは、一本の通り道に両脇に点々と赤い提灯が灯っていて、その光で灯される赤い柵、その先には妖艶な雰囲気を漂わせた女たちが行きかう男たちを怪しく、誘う様に見つめていた。
プリンセスは、しまったと云う言葉を呑んで唇を噛んだ。どうやら物思いにふけている間に女が一人で立ち寄ってはならない場所に来てしまった様だ。
逃げなくてはーー。
そう思い腕を振り払おうとした瞬間、さらに男のプリンセスの腕を掴む力が増した。プリンセスは締め付けられる痛みに顔を歪めた。
「店を抜けて何してるんだ!戻るぞ」
男は怒涛を上げプリンセスの腕を引っ張った。プリンセスは困惑した。誰と間違えているのか、ここで働いた覚えもない、と必死に足を踏ん張る。刀を宿に置いて来た今、プリンセスは足を踏ん張ることでしか対抗する事が出来なかった。
「何やってるんだ!このままだと――」
男は、ぎりぎりと奥歯を噛み締めて、もう片方の手をあげた。殴られる――そう覚悟して瞳を閉ざした時だった。
「なんだ、お前は…」
男が困惑した様子で口ずさんだ。プリンセスは、恐る恐る目を開けた。ハッと息を飲んだ。彼女の目に映ったのは、男の振りかざそうとした腕をギュッと掴み取る――和泉守の姿だった。和泉守は鋭く男を睨んでいた。
そして男も負けじと微動する瞳を和泉守にぶつける。すると和泉守は、もう片方の腕でプリンセスの震える肩をそっと包み込んだ。プリンセスが和泉守の懐に入る様に。
「この人は、俺の連れだ――失せろ。」
和泉守は、怒りが混じった強い口調で男に言い放った。そして更にギュッとプリンセスの肩を引き寄せた。
男は和泉守に掴まれた腕を振り解き、悔し気に奥歯を噛み締め、去っていった。プリンセスにはその男の背がとても小さくみえた。それは遠のいていくからではなく、和泉守の威勢に翻ったからだと、そう感じた。
プリンセスが、ぼーっと去っていく男の後を見つめていると、和泉守が大きく吐息を零し、プリンセスを厳しい目つきで捉えた。
「あんた、何やってんだ!」
和泉守が辛辣な口調でいった。今までに見た事のない和泉守の怒涛にプリンセスは声が出なかった。そして彼の怒り、不安、悲しみ、様々な感情が入り混じった表情に、不思議と涙が頬を伝った。
和泉守は突然、目の前で静かに涙を流したーー普段の姿からは想像できない彼女の姿に言葉を失った。和泉守は、ただプリンセスの腕を引いて、その場から立ち去った。
先ほどの怪しい賑わいを見せていた場所から一変、二人は家々の連なる道を歩いていた。昼間は賑わいを見せていたそこは、今は侘しい程に静かだ。
和泉守は、プリンセスの腕を掴んだままだった。このまま離してしまえば、彼女が崩れてしまいそうな、そんな感じがした。
しばらくして、プリンセスは足を止めた。同じ様に和泉守の足も止まる。和泉守は彼女に顔を向ける事が出来なかった。彼女が今、どの様な表情をしているのか――なんて言葉をかけたら良いのかわからなかったのだ。
すると、驚くほど静かに、プリンセスが和泉守の広い背に抱き着いた。それは抱き着くというよりかは、支えを求める様に額を預ける、その様なものだった。
「そのまま聞いて…」
プリンセスは静かに呟いた。和泉守は、心臓がばくばくと脈打つのが煩わしい程、今の状況に困惑した。
「私は、貴方が思っている程、強くない。」
和泉守は彼女の言葉にハッと目を見開いた。そして彼女は頼りない程に小さな声でつづけた。
「本当は周りの男士達に遅れをとらない様に、こそこそと素振りして…」
プリンセスは自分の手のひらを見つめた。素振りのおかげで、その手にはマメが出来ている。それは和泉守も知っていた。先程まで彼女のその手をひいていたから。
さらにプリンセスは嘲笑した。
「それから、この前、三日月に信じられないくらいの速さで倒されて、喉をつかれた…かっこ悪い師――」
「やめてくれ、十分だ」
プリンセスの言葉を制する様に和泉守の声が重なった。そして同時にプリンセスは和泉守に力強く、でも優しく抱きしめられた。
「和泉守…」
「…知ってる。あんたが強がってることぐらいわかってる」
和泉守は眉根を寄せ、更に彼女のすっぽりと腕に収まる小さな体を抱きしめた。同時に、あの時の――蒸気船の事件があった後の事を思い出した。和泉守はプリンセスに「俺はあんたが強がってる様にみえる」そう云った。
プリンセスの視界が更にぼやける。
「あんたは、俺よりも、国広よりも遥かに小せぇよ…こうやって抱き締めても折れちまうんじゃねえかって思う…だけど、あんたは俺の立派な師匠だ…」
和泉守は一言一言噛み締めるように云った。そしてプリンセスの涙で真っ赤に染まった瞳を見つめた。
「俺が見てるあんたの背中は、でけぇ…。手も届かねぇよ」
眉尻を下げ、参ったという様な表情を浮かべる和泉守に、プリンセスは無理やりに笑みを浮かべ、言葉を発す代わりに何度か頷いた。
そしてしばらくして、プリンセスは、すっかり涙も乾いた様で、いつもの様に明るい笑みを浮かべ、和泉守の腕を引いた。
「さっ行きましょう!…泣いたらお腹空いちゃった」
プリンセスは、とても軽やかな口調でいった。そしてそんな彼女に腕を引かれ後ろを歩く和泉守は、彼女の小さな、それでも大きく見える背に笑みかけた。
「ああ…そうだな」
茶屋の縁台に腰かけるプリンセスは、快晴の空を見上げ、つぶやいた。そして、その隣に腰かける和泉守も心安らいだ様子で返事した。
プリンセスと和泉守は次の時間飛躍までの休息をとっていた。薬研や蜻蛉切、堀川とこんのすけも各自で思い思いに休息をとっているのだろう。
プリンセスは堀川も誘ったみたいだが、彼は、どうやら和泉守に気を遣い断った様だ。
和やかな雰囲気にプリンセスは、んーっと腕を伸ばした。そんな彼女を横目に和泉守も顔を綻ばせた。
ふとプリンセスは和泉守に目配せた。
「なんだか不思議ね」
「何がだ?」
「堀川国広…貴方の助手さんがいないことが」
プリンセスの言葉に和泉守は、ああ、とそこまで意識していなかった様子で零した。
「私も、あの子みたいな優秀な助手さん欲しいなあ」
プリンセスは、軽い口調でいった。すると和泉守は、ふっと笑った。
「あんたに助手なんか必要ないだろ」
あっさりと口にするとプリンセスは、どういうことよ、と頬を膨らませ怒った様子で和泉守に目配せた。和泉守はプリンセスの怒っている様で怒りの色が一切ない瞳を見つめた。その瞳に浮かぶのは、蒸気船に向かう際、自分に二人の男を追う様に指示したり、怯えることなく一心に刀を振るい、遡行軍を断ち切るプリンセスの姿だった。
「あんたは一人で何でもやっちまうだろ?」
プリンセスは和泉守の言葉に少し驚いた様子で目を開いた。そして何か考える様に視線を落とし、そうね、と零した。和泉守はその時の彼女の表情がとても侘しく見え、言ってはいけない事を口にしてしまったのではないか、と何か言葉を付け加えようとしたが言葉が出なかった。
すると、プリンセスはパッと立ち上がり満面の笑みを浮かべ、おどつく男を見た。
「ちょっとお散歩」
プリンセスは軽い口調でそれだけを零し、踵を返した。和泉守は彼女の後を追うか迷った。しかし、腿に手をつき、一つ吐息を零した。
「俺は、何をやってるんだ」
苦々しい表情を浮かべ、呟いた和泉守の脳裏には、先ほどのプリンセスの何ともいえない表情がこびりついていた。
俺があんたに抱くあんたの姿は何が違ぇんだ――
本当のあんたはどう見られてェんだ――
「考えても分からねェ!」
和泉守は心の内を吐き出す様に空に向かって云った。空は微かにオレンジかかっていた。
散歩と扮して茶屋から立ち去ったプリンセスは、夕焼け空を眺めながら何を考えるわけでもなく歩いていた。
「一人で何でもやっちまうか…」
先ほど和泉守に云われた言葉をそのまま口ずさんだ。そしてプリンセスは、ふっと笑みを零した。
「私は貴方が思っている様な刀剣じゃないのに」
本当は刀剣女士である事を馬鹿にされたくなくて、夜中に独り、こそこそと素振りして、あの三日月にも喉をつかれた――かっこ悪い師匠なんだ、とプリンセスは云いたかったがそれが出来なかった。なぜなら、彼が師匠として慕ってくれているから――彼女にとって、女である自分を師匠として慕う彼の志がとても嬉しかったのだ。
その気持ちを壊したくない、そう思った時、言葉に出来なかった。
プリンセスは、はぁ、と吐息を零したーーその時だった。
「あんた、何やってるんだ」
男が辛辣な口調で声を上げた。そして同時にプリンセスの腕を掴んだ。プリンセスは、知らずうちに伏せていた顔を即座に上げた。そして目に映った光景に言葉を失った。
そこは、一本の通り道に両脇に点々と赤い提灯が灯っていて、その光で灯される赤い柵、その先には妖艶な雰囲気を漂わせた女たちが行きかう男たちを怪しく、誘う様に見つめていた。
プリンセスは、しまったと云う言葉を呑んで唇を噛んだ。どうやら物思いにふけている間に女が一人で立ち寄ってはならない場所に来てしまった様だ。
逃げなくてはーー。
そう思い腕を振り払おうとした瞬間、さらに男のプリンセスの腕を掴む力が増した。プリンセスは締め付けられる痛みに顔を歪めた。
「店を抜けて何してるんだ!戻るぞ」
男は怒涛を上げプリンセスの腕を引っ張った。プリンセスは困惑した。誰と間違えているのか、ここで働いた覚えもない、と必死に足を踏ん張る。刀を宿に置いて来た今、プリンセスは足を踏ん張ることでしか対抗する事が出来なかった。
「何やってるんだ!このままだと――」
男は、ぎりぎりと奥歯を噛み締めて、もう片方の手をあげた。殴られる――そう覚悟して瞳を閉ざした時だった。
「なんだ、お前は…」
男が困惑した様子で口ずさんだ。プリンセスは、恐る恐る目を開けた。ハッと息を飲んだ。彼女の目に映ったのは、男の振りかざそうとした腕をギュッと掴み取る――和泉守の姿だった。和泉守は鋭く男を睨んでいた。
そして男も負けじと微動する瞳を和泉守にぶつける。すると和泉守は、もう片方の腕でプリンセスの震える肩をそっと包み込んだ。プリンセスが和泉守の懐に入る様に。
「この人は、俺の連れだ――失せろ。」
和泉守は、怒りが混じった強い口調で男に言い放った。そして更にギュッとプリンセスの肩を引き寄せた。
男は和泉守に掴まれた腕を振り解き、悔し気に奥歯を噛み締め、去っていった。プリンセスにはその男の背がとても小さくみえた。それは遠のいていくからではなく、和泉守の威勢に翻ったからだと、そう感じた。
プリンセスが、ぼーっと去っていく男の後を見つめていると、和泉守が大きく吐息を零し、プリンセスを厳しい目つきで捉えた。
「あんた、何やってんだ!」
和泉守が辛辣な口調でいった。今までに見た事のない和泉守の怒涛にプリンセスは声が出なかった。そして彼の怒り、不安、悲しみ、様々な感情が入り混じった表情に、不思議と涙が頬を伝った。
和泉守は突然、目の前で静かに涙を流したーー普段の姿からは想像できない彼女の姿に言葉を失った。和泉守は、ただプリンセスの腕を引いて、その場から立ち去った。
先ほどの怪しい賑わいを見せていた場所から一変、二人は家々の連なる道を歩いていた。昼間は賑わいを見せていたそこは、今は侘しい程に静かだ。
和泉守は、プリンセスの腕を掴んだままだった。このまま離してしまえば、彼女が崩れてしまいそうな、そんな感じがした。
しばらくして、プリンセスは足を止めた。同じ様に和泉守の足も止まる。和泉守は彼女に顔を向ける事が出来なかった。彼女が今、どの様な表情をしているのか――なんて言葉をかけたら良いのかわからなかったのだ。
すると、驚くほど静かに、プリンセスが和泉守の広い背に抱き着いた。それは抱き着くというよりかは、支えを求める様に額を預ける、その様なものだった。
「そのまま聞いて…」
プリンセスは静かに呟いた。和泉守は、心臓がばくばくと脈打つのが煩わしい程、今の状況に困惑した。
「私は、貴方が思っている程、強くない。」
和泉守は彼女の言葉にハッと目を見開いた。そして彼女は頼りない程に小さな声でつづけた。
「本当は周りの男士達に遅れをとらない様に、こそこそと素振りして…」
プリンセスは自分の手のひらを見つめた。素振りのおかげで、その手にはマメが出来ている。それは和泉守も知っていた。先程まで彼女のその手をひいていたから。
さらにプリンセスは嘲笑した。
「それから、この前、三日月に信じられないくらいの速さで倒されて、喉をつかれた…かっこ悪い師――」
「やめてくれ、十分だ」
プリンセスの言葉を制する様に和泉守の声が重なった。そして同時にプリンセスは和泉守に力強く、でも優しく抱きしめられた。
「和泉守…」
「…知ってる。あんたが強がってることぐらいわかってる」
和泉守は眉根を寄せ、更に彼女のすっぽりと腕に収まる小さな体を抱きしめた。同時に、あの時の――蒸気船の事件があった後の事を思い出した。和泉守はプリンセスに「俺はあんたが強がってる様にみえる」そう云った。
プリンセスの視界が更にぼやける。
「あんたは、俺よりも、国広よりも遥かに小せぇよ…こうやって抱き締めても折れちまうんじゃねえかって思う…だけど、あんたは俺の立派な師匠だ…」
和泉守は一言一言噛み締めるように云った。そしてプリンセスの涙で真っ赤に染まった瞳を見つめた。
「俺が見てるあんたの背中は、でけぇ…。手も届かねぇよ」
眉尻を下げ、参ったという様な表情を浮かべる和泉守に、プリンセスは無理やりに笑みを浮かべ、言葉を発す代わりに何度か頷いた。
そしてしばらくして、プリンセスは、すっかり涙も乾いた様で、いつもの様に明るい笑みを浮かべ、和泉守の腕を引いた。
「さっ行きましょう!…泣いたらお腹空いちゃった」
プリンセスは、とても軽やかな口調でいった。そしてそんな彼女に腕を引かれ後ろを歩く和泉守は、彼女の小さな、それでも大きく見える背に笑みかけた。