無邪気な笑みの男士


皆が、各自室で過ごす夜の時間に湯気が立ち上る露天風呂の入り口に、清掃中の札をぶら下げプリンセスは湯に浸かり1日の疲れを癒す。

「はぁ〜‥気持ちいい‥今日も良い湯だなあ」

肩まで、不思議と力の抜ける湯に浸かりプリンセスは独りでに呟く。

今日一日あった出来事を回顧したり、明日はどの様に過ごすかなど様々なことを頭の中で考えるプリンセス。

ふと、静かな露天風呂にガラガラと戸を開ける時に聞こえる音が響いた。
はっきりと聞こえたその音にプリンセスの背筋は凍り、冷や汗が滴るのと共に焦りが襲った。

「あ」
「え‥‥」

入り口の方は見ないように背を向けあたふたしていたプリンセスだが、その背に誰かの声が降ってきた。見てはダメだと思い小さく声を上げるプリンセス。

「いや、ごめん、そういうつもりは無かったんだけど‥」

この状況に少し焦り混じりの言葉をプリンセスに弁解する様に言うのは、加州清光であった。

「‥清掃中の札、掛けてたと思うんだけど‥?」

なるべく身体の多くの面積を見せない様に縮こまりながら少し首を横に向けるプリンセス。その言葉にさらに加州は、しまった、と苦い顔を浮かべる。

「いや、本当にごめん。気づかなかった」

なんで気づかないのよ、言いたいところだが、心の中に言葉を留める。

「そ、そうなんだあ‥仕方ないよね‥うん」

自身に言い聞かせる様に口早に言うプリンセス。すると加州は開き直ったかの様に、しれっと温泉に脚を入れ、そのまま浸かった。

可笑しいな、こう言う場合って引き返すものじゃないのか、と思考を巡る。そんなプリンセスを気にも溜めていない様に、ふう、と言葉を零す加州。

「ね、ねえ、加州‥さっき大和守達と入ったんじゃないの‥?」

気持ちが動揺してるせいか口早に言おうとしたが言葉が詰まり、しかしはっきり言い切ると、ああ、と力ない声で返事する加州。

「けど、ゆっくり入りたいなあって思ったりして」

少々、棒読みなのは普段の彼の口調のままだ。だが、今のプリンセスにはワザとらしく聞こえ少しむかっとイラついた。

ここで出て行けるわけもなく、プリンセスは、じっと加州が出ていくのを待つ事にした。静かな空気の流れる中、プリンセスは、ちらっと加州に目を向けた。

ここに来てから始めて誰かと一緒に風呂に入った気がする。プリンセスは小さく口元に笑みを浮かべた。

「いいな‥そうやって皆んなでお風呂入るの‥」

刀剣の中で女はプリンセス1人だけ。いつも、他の者が風呂に入り終えた後に1人この広い露天風呂に入るプリンセスは、仕方ないのだが少々寂しい気持ちがあった。自分の脚を包む手を引き寄せる。

「なら‥」

何か思いついた様に声を上げ、加州は先程よりもプリンセスに距離を詰める。突然動き出した加州にプリンセスは見ない様に意識する。湯が小さく波を立てた。肩が触れ、一瞬驚いて体が縮こまるも、恐る恐るプリンセスは加州の方へと目を向ける。

「これからも、俺が一緒に風呂に入ってあげよっか?」
「‥え」

加州の濡れた髪が妙に色気を醸し出す。思いもよらない言葉に思わず、変な声が漏れるプリンセスに悪戯っ子のような表情を浮かべる加州。

「なーんちゃって」

更にからかう様に加州は無邪気な笑みを浮かべた。プリンセスは体が熱くなるのを感じたが、それは風呂の湯のせいか、それとも面白がって無邪気な笑みを浮かべる加州のせいか。
どっちにせよ、もうプリンセスの体は火照り、気絶寸前だ。