構って欲しい彼


「主ぃ、暇やき、構え〜」

独特のなまりの強い口調で、私の背中に体重をかけ抱き着くのは陸奥守吉行。

「陸奥守ごめんね、明日までに資料まとめて政府に提出しなくちゃいけないの」

この時点で少しイラッとしてしまった。見れば分かる通り、私は机に向かって座っている、そして机には沢山の資料が散らばっており、手にはペンを持っている。

「ほがなケチくさいこといいなや〜、構え、構え〜」

そんな私を気にもせず、陸奥守は更に私に体重を掛ける。私は、1つ溜息をつき陸奥守の手を握りしめた。

「陸奥守、本当にお願い。…部屋に居ていいから…ね?」

困ったように笑みを浮かべ告げれば、少々不満げに頬を膨らませ陸奥守はいじけた子供のように部屋から出て行った。

私は少し心が痛んだが今は陸奥守を気にしている場合では無いと作業に取り掛かる。

スラスラとペンの音だけが響く中、廊下を煩く歩く音が近づいて来た。

「主ぃ〜!ただいま〜!」

何とご機嫌に声を上げ陸奥守が戻って来たのだ。私は、なぜ帰ってくるのだ、と思いながらも気にしなければ良いと資料に目を向けたまま、おかえり、と言葉を零した。

間も無くしてカツカツと木材と木材がぶつかり合うけん玉の音が、私の耳に酷く響き渡る。

「ホッホッ、よっと。」

けん玉の音といい、それに合わせて声を出す陸奥守。私は、イライラする気持ちを抑え陸奥守に必死に笑みを向ける。

「ねぇ陸奥守?もう少し静かに遊んでもらえるかな〜?」

笑顔が引き攣るが仕方がない。
そして陸奥守は、何か考える様な仕草をして、分かったと口にし私にニカッと笑みを浮かべた。

素直に受け入れてくれた陸奥守に私は安心し、また机に向き直りペンを進めた。

しかし暫くして、次はポンポンと両手で回しながら遊ぶ、お手玉の音が聞こえて来た。

それなら、あまり気にならないと特に言葉をかけること無くペンを走らせていたのだが、下手くそなのか、と思うほど頭にお手玉が当たる。

「ごめんや〜、許してくれ」

何度目になるかその謝罪は。
ついに私の陸奥守への怒りが頂点を達した。バンッと机を叩く音。私は陸奥守を鋭く瞳に捉える。

「いい加減にして!私、言ったよね?これ明日までにまとめなくちゃいけないって!お願いだから静かにしてて!」

心に溜まっていたものを全て吐き出すと、陸奥守は肝を冷やしたかの様にポカーンと怯えた目で私を見つめていた。

そして、私は机に向き直り、作業に取り掛かる。

するとすっかり部屋は私のペンを走らす音だけになり、私は少し複雑な気持ちを感じながらも手は動かしたまま集中する。

「はぁ〜…疲れた…」

しばらくして、私は目の疲れと、同じ体勢だった事から身体にも疲れを感じ身体を伸ばす。

ふと、陸奥守が同じ空間にいる事を思い出し、振り返って見ると、私の方に背を向け畳に横になっている陸奥守が目に留まった。

私は少し気になり、陸奥守に近づく。顔を除いて見ると目を瞑りスヤスヤと呼吸をして寝ているようだった。その姿に思わず笑みが溢れる。

「…さっきは、強く言い過ぎちゃってごめんね…」

なるべく起こさぬように小さく呟き、陸奥守の髪に触れようとした時だった。私の視界はぐるりと逆転し、目に映るのは天井とニヤニヤ口元を歪める陸奥守。

「ちょっと…起きてたの…?」

寝ているのを良い事に謝罪を述べたのだがどうやら聞かれていたようだ。

「…終わったがか…?」
「…まだだよ、…ちょっと疲れちゃったから休憩」

眠たげに目を細め、小さく欠伸をすると陸奥守は私の横に寝っ転がり、自身の胸に私を引き寄せた。

「…寝るき…」

私の髪に顔を埋める陸奥守。私は、心が温まる様な気持ちになり、思わず笑みがこぼれ、陸奥守の背に腕を回し更に密着した。

「おやすみ…陸奥守…」

そして、瞳を閉じて2人抱き合いがら眠りについた。
結局、私は徹夜で資料をまとめたのだった。