写し


「…な、なんだ。」

眉を潜め怪奇そうに私を見つめる山姥切。それもそうだ、私は今、山姥切の目の前で行く手を阻む様に仁王立ちをして構えているから。

「…山姥切!」

私は、力強い声で名を呼ぶ。すると、当たり前の様に肩をビクつかせ目を丸くする山姥切。少し冷や汗も浮かべている。
しばらくの間、その状態で山姥切の瞳を捉える。

そして山姥切が息を呑み喉仏が微かに動いた瞬間、私は鋭い顔つきから一変、眉を下げ、瞳を最大限にうるうるとさせ、上目遣いに山姥切を見つめる。とどめに、山姥切の胸の中に静かに入り込んだ。頬を胸につければ心臓の鼓動が加速したのがよくわかる。

「お、おい!何なんだいきなり!」

肩から引き離そうか迷う様に腕が浮いているが、どうも触れてはいけないと思っているのか抵抗できず、山姥切は直立不動の状態である。

「…山姥切…動かないで…お願い…」

小さく今にも消え入りそうな声量で呟く。相変わらず、頬から伝わる山姥切の心臓の鼓動が早い。このまま破裂してしまうのでは無いかと思う程に。でもそれが何だか可愛らしくて、今から私が遂行しようとしている事が彼に対して可愛そうな気がしてきた。でも、やらなければならない。

「山姥切…私…もう…」

名残惜しむ様にゆっくりと胸に寄せる頬を離し、瞬きをせず乾燥した事によって潤んだ瞳で山姥切を見上げれば、ハッと茫然と私を見つめている。

「我慢できなくなっちゃったの!ごめんね!山姥切!」

消え入りそうな声から一変、心の底から吐き出す様に大きな声を上げ、私は素早く山姥切が羽織る、霞んだ布を奪い取り山姥切に背を向け走り出した。

「…!おい!まて!…それを返せ!」

まさか、走って追いかけて来るとは思わなかった。ちらちらと私を追って走る山姥切を気にしながら本丸の長い廊下を走る。

「いや!絶対に返しません!」

荒い息と共に言葉を吐く。しかしどんどんと距離が縮まっていく。やはり運動不足の審神者が逃げきれるわけがない。でも捕まるわけにはいかない、とがむしゃらに走っていた、その時だった。

「危ない!」

山姥切が声を上げた。そして突然後ろに身体が引かれた。その同時に曲がり角から今剣や五虎退、乱藤四郎などずらずらと短刀達が賑やかに走って来たのだ。

もしこのまま止めてもらわなかったら、大惨事だっただろう。私はそれを想像して背筋がゾッとなる。

「…気をつけろ」

ハッと随分と近くに聞こえた山姥切の声、そして何やら腹部に温もりを感じる。恐る恐る視線を下げると自分の腕ではない腕が回っていた。どうやら後ろから山姥切の腕が腹部に回って、止めてくれた様だった。

「…ありがとう…」

自身の不注意を反省する様に頭を下げれば、ふっ、と鼻で笑われた気がした。

「とりあえず、それを返してくれ」
「!…だめ!」

腕に包む布に手を伸ばされ、咄嗟に腕を上げ山姥切から距離を取る。うう、と犬が唸る様な警戒をとると、呆れた様に私を見つめる山姥切。

一歩、一歩と後ろに下がってゆく。しかし山姥切もそれに合わせて距離を詰めて来る。トンッと背に壁がついた。

もうどうにもならない状況になってしまい眉を潜め、ギューっと腕に抱える布を渡すものかという様に抱きしめる。伏せていた顔を上げ、山姥切を見つめると、この手に持つ布を被っていない為か顔がよく見える。

「あなたは、そっちの方が良いよ…」

戯言ではないと訴える様にしっかりと瞳を捉え口にすると青い目が一瞬見開かれた。しかしすぐに額に皺を寄せ顔を曇らせ俯く山姥切。彼の苦悩が伝わってくる。私はそれを和らげる様に縮こまる身体を包み込んだ。

「…写しの俺に、」
「そんなこと言わないで。私にはそんなのどうでも良いの。本心で言ってるだけだよ。」

自身を卑下する様な発言をする山姥切が私には惜しくて堪らない。こんなにも美しいのに。

私は山姥切の胸に触れる頬を離し顔を上げ、憂い色の濃い青い瞳を見つめ、眉を潜めた顔を緩める様に両手で頬を包み込む。

「山姥切国広は、綺麗です。」

口元を緩めて笑むと、山姥切は一度青い瞳を見開き、そして唇を噛み締め、頬に触れる私の手に自身の手を添えて瞳を閉じる。最後に見た青い瞳は微かに潤いを増していた。