余裕の無い


雲一つない青空。ふと、目を瞑れば木刀のぶつかり合う音が良く耳に響き渡る。閉じていた瞼を上げ、目に映るのは何処か楽しそうに手合わせをする髭切と膝丸。

「仲が良い兄弟だなあ」

二人の姿を微笑ましく見つめ心の声が溢れた。髭切と膝丸が手合わせをする時は必ずこっそりと稽古場に顔を見せる。兄弟で手合わせをするその姿に癒される気持ちもあるのだが、一番に、密かに想いを寄せる髭切が目的だったりもする。ボケている様に見えて実は弟思いであったり、時に見せる真剣な表情、その様な部分に惹かれたのかもしれない。

ふと、木刀が弾き地に落ちる音が響いた。ぼうっとしていた為か、物凄く驚き肩をビクつかせ一点を見つめていた瞳を上げる。

「やるな、兄者。」

どうやら、膝丸が手にしていた木刀が落ちたらしい。少し悔しげな表情を浮かべる膝丸に、髭切は相変わらず穏やかな表情を浮かべていた。

「二人ともお疲れ様!」

一戦終えたのを見計らい、二人の元へ駆け寄ると、私が見ていた事に気付いていなかった様子で膝丸がハッと体勢を慎んだ。

この本丸には、先に髭切が顕現した。そして最近、膝丸がやって来たのだ。新入りであることからこうして私に対しての礼儀がしゃんとしている。

「そんなに、かしこまらなくて大丈夫だよ、膝丸。」

正面で背筋をピンと伸ばして直立する膝丸に困った様に笑む。ふと横にいる髭切と目が合うと、ニコッと笑みを返され、心臓が激しく鼓動した。

誤魔化す様に、瞬時に膝丸に目を向けると相変わらず、かしこまったままの膝丸に、どうしたら緩めてくれるか、気がかりであった。そしてジーッと膝丸を見つめる。

「あ、主…?」

少々冷や汗を浮かべ遠慮気味に名を呼ぶ膝丸。膝丸の瞳は髭切に助けを求める様にか、私と髭切を交互に見つめている。

「…あ!膝丸!動かないでね!」

ハッといい事を思いつき、声を上げた。そしてニヤニヤと口元を緩め膝丸に距離を詰める。明らかに先程よりも縮まった距離。私は腕を伸ばし、膝丸の目にかかる程に伸びる右前髪を持ち上げそのまま自身の腕に掛かるゴムで結んだ。

「できた!か、可愛いね…」

噴水の様に湧き上がる前髪の形に思わずクスクスと笑いがこみ上げてくる。更に唖然とマヌケな表情で私を見つめる膝丸に遂に破顔した。大笑いだ。

「な、何んだ!主!」

恥ずかしそうに声を上げる膝丸に対して私はもう涙が出るほど爆笑である。すると、膝丸が前髪を結ぶゴムを外そうとした。

「ぁあ!だめ!」

手を伸ばしそれを阻止しようと両腕を上げ更に膝丸との距離が縮まる。何だがこの光景に、膝丸に心の距離を縮めることが出来た気がして嬉しさも含め笑みがこぼれる。

「二人とも、随分と楽しそうだね」

わちゃわちゃとしている私と膝丸の賑やかな声を割るように、落ち着いた口調の髭切の声が響いた。その声にハッとして、思わず髭切がいた事を忘れていた、と髭切に顔を向ければ、いつもと変わらない微かな笑みで私を見つめていた。

「兄者!助けてくれよ」

前髪に手を寄せる膝丸の腕をがっしりと掴む私の手。膝丸が声を上げると髭切はニコッと笑みを浮かべた。

「楽しそうだから良いじゃないか…えっと…忘れちゃったな」
「俺の名は膝丸!兄者酷いぜ!」

いつもと変わらない会話のやり取り。しかし何故だろう、すごく心に引っかかる。複雑な心境のまま髭切を見つめる。

「…そんなのどうでも良いんだ、…僕は自室に戻るよ」

一度ゆっくりと瞳を閉じ、開けた時、私の目に映った髭切は何処か哀しげな笑みを浮かべていた。その姿にハッと胸に何かが突き刺さる感覚に襲われた。

「髭…切…」

微かに震える声で名前を呼ぶが、髭切はそのまま背を向け稽古場から出て行ってしまった。確実に髭切の表情から、心情が伝わって来た。やってしまった、と頭を抱え俯く。

「…主、大丈夫か…?」

暫くの間その体勢のままだったからか、膝丸が不安げに私の顔を除く。目を瞑り眉を潜め一度深く息を吐き、膝丸の顔を見上げる。

「ごめん、膝丸。せっかくの髭切との手合わせを邪魔しちゃって…」

私が原因だ、と頭を下げれば慌てた様子で私の肩を抑え、それを制する膝丸。

「やめてくれよ主!主は何も悪くない!」

そう言われても自分でそう思ってしまったら修正のしようがない。深く頭を下げ、もう一度膝丸の顔を見上げる。

「ちょっと、髭切の所に行ってくるね…」

やはり先程の髭切の表情が心に引っかかる。そして膝丸がコクリと小刻みに何度か頷くのを目にして、私は髭切の部屋に向かって走り出した。

ー ー ー ー

「髭切…私だよ…」

少し息の上がる声で、襖越しに口にする。息が整うのを待つのが惜しい程に早く髭切と顔を合わせたいのだ。襖の奥から返事が返ってくることは無かった。

「…ごめんね…せっかくの膝丸との手合わせだったのに…」

何世紀振りに再会した兄弟との時間を壊してしまった事に申し訳なくて自分が情けなく、声が震える。

「私のせいで…邪魔しちゃって…」

先程の哀しげな笑みを浮かべた髭切の顔が頭を過ぎった。視界が潤み、堪える様に眉を潜める。

「髭切…ごめんね…」

それでもやはり下瞼に溜まった涙が溢れた。そしてそれと同時にバッと勢いよく襖が開かれ、髭切の脚が目に映る。ハッとして顔を上げると、驚いた様な表情で私を見つめる髭切。

「髭…切…」

思わず、顔を歪め名を口にすると、強く腕を掴まれそのまま少し乱暴に部屋の中へと引っ張られた。そして、パタンと大きく音を立てて襖が閉まる。

部屋に引き込まれるや否や、顔が上に向く様に顎に手を添えられ噛み付く様に唇が触れた。突然の事にハッと目を見開けば、眉を潜め長い睫毛を下に向ける端整な髭切の顔が目に映る。そして微かに睫毛を上げ細目に私の瞳を見つめる髭切。

その目に胸がキューっとなり目を瞑った。それが合図だったかの様に、角度を変え髭切の唇が私の唇を包み込む。

妙に、酷く耳に響き渡るリップ音に身体が熱くなってきた。そして、髭切の濡れた舌が私の唇を舐め、思わず唇に隙間が出来上がり、そこから髭切の舌が入り込み私の逃げる舌を捉え、絡み込む。

「ん…ぁ…」

あまりにも、柔らかくて気持ちの良い舌の動きに微かに吐息が漏れる。すると、その声に反応した様に髭切の手が胸に触れ、しなやかな指にやんわりと揉みほぐされた。

思わず身を引けば、もう片方の腕で腰を固定され密着する。確実に硬い何かが子宮付近に触れた。腰はしっかりと固定されビクともしない。

そして名残惜しむ様にゆっくりと唇が離れる。閉じていた瞼を上げると、少し切なげな色気の増した表情を浮かべる髭切が目に映る。

「プリンセス…」

消え入りそうな声で名を呼ばれ、言葉を発する時間もなく、強く抱き締められた。そして同じ様に髭切の背に腕を回す。

「情けないな…弟に嫉妬してしまうなんて」
「…え」

自嘲する様に笑いながら耳元で口にする髭切に私は思わず聞き返す様に声が漏れた。すると肩を掴まれ、密着していた身体が離れ、見つめ合う。両手で私の頬を包み込む髭切の手。

「こんな余裕の無い僕をどう思う…?」

眉を下げ困った様に笑みを浮かべる髭切に、次は私から髭切の唇に自分の唇を重ねた。