悔恨


「名前さんは、兼さんの事どう思っているんですか。」

酒を片手に他の刀剣と肩を組んで賑やかにしている和泉守兼定を微笑ましく眺めていると、隣に座る堀川国広が私に目を向ける事なくまるで独り言の様に言葉を零した。恐らく私に聞いているのだろう。

「…とても、優しくて、お熱い心を持っている方だと尊敬してますよ。」

私も独り言の様に呟く。すると、堀川国広は私の方に顔を向けた様だ。同じ様に顔を向ければ、まだ人間の欲望に染まっていない清廉潔白な青年の青い瞳が目に入る。しかしその顔は何処か不満げに眉を寄せている。

それを緩める様にやんわり笑むと、突然肩にたくましい腕が回された。ヒャッと肩を跳ねさせその人物を見れば、先程まで目の前で賑やかにしていた和泉守兼定が少しトロンとした瞳で私を見つめてくる。

「おい、名前、国広。俺無しに何話してんだァ?」

若干呂律の怪しい口調で、少しムッとした表情を堀川国広と私に向ける和泉守兼定。ほんのり酒の匂いが香ってくる。

「和泉守兼定様、今夜は随分と飲んでいらっしゃいますね。」

距離を詰めてくる和泉守兼定の胸をやんわりと押しながら言うと、それが気に食わなかったのか私の首元に口を寄せ甘噛みされた。

チクっとした痛みにハッとする。そして皆の前で何て事をという羞恥が湧き上がる。ふと、隣に座る堀川国広に目を向けると青い瞳が目にするのを拒否する様に酷く揺れ、何処か哀しげに私を見つめ、ふいっと顔を晒された。

「和泉守兼定!いい加減にしてくださいな。酒には溺れてはいけませんよ。」

少し強めの口調で、次は手に力を込めて和泉守兼定の胸を押すと耳元に口を寄せられた。誰にも聞こえない様に囁かれた言葉に耳元から全身が熱くなる。

そしてあっさりと離れてゆく和泉守兼定。離れ際に、少し意地悪な笑みを浮かべる顔が目に映った。そしてまた酒を片手に他の刀剣達と賑やかにしている。少し破天荒な姿に呆れた様に笑みその姿を眺め、そして隣に座る堀川国広に目を向けると浮かない表情で顔を下げていた。

「さっきは、不快な思いをさせてしまったわね。」

そう申し訳ない気持ちで薄く笑みを浮かべると渋々顔を上げ、私を見つめる青い瞳。その瞳は深く私の心に突き刺さる。

「…名前さんが、悪いわけじゃありません…ただ…」

言葉を詰まらす堀川国広。私には彼の言いたい事が分かった。

「自分の尊敬している人の男女の関係が受け入れられないって言う感じかしら。」

思っていた事をそのまま言われてしまったという様に瞳を見開き分かりやすい反応を見せる堀川国広。その姿に確信を抱き微かに笑むと顔を伏せられた。

「僕の知っている兼さんは、時にああしてお酒を飲んで羽目を外したり、短気で喧嘩っ早い部分もあります…だけど、行き詰まった時には必ず手を差し伸べてくれる、頼れる大きな背中、逞しい心を持っています…だから…」

言葉を発するのと共に和泉守兼定を捉える堀川国広の瞳は慕っている人を見つめる眼差しであった。そして、最後に私に目を向ける、その瞳は何処か私に対して嫌悪感を抱くものだった。

「兼さんが貴女に執着する姿が、見るに耐えない。」

その言葉に私の心は微かに疼いた。貴方の知らない和泉守兼定の姿を否定されている様で何処か悔しさが湧き上がる。それを抑える様に深く呼吸をし、今から口にする事を叩き込む様な強い視線を向ける。

「堀川国広。一つだけ教えておきます。……時に男は女に縋り付きたいと思う事があるのです。」

私の眼差しに射すくめられた様に視線を逸らし、眉を潜め苦渋に満ちた表情を浮かべる堀川国広。

「でも、兼さんは…」
「和泉守兼定も男です。」

微かな声量で、最後の希望として和泉守兼定と言う名の綱にしがみ付く堀川国広に私はその綱を切る様にきっぱりと言えば、堀川国広はハッと青い瞳を見開き、揺らがせた。

「いずれきっと、貴方にも分かる…」

意味も無く子を叱った母が後に後悔する様な気持ちで、肩にそっと触れると拒絶する様に、はたかれた。虚しく宙に浮く自身の手を引っ込める。

唇を噛み締めるまだ人間の皮肉な部分に染まっていない青年の姿に心が酷く痛む。
周りの賑やかな声が、とても遠くに感じた。