寛大


「三日月様は、どうして私なんかを…」

恐る恐る聞けば、唇を塞がれた。触れるだけのものを繰り返し、濡れた舌が私の舌に絡みこむ。毎度毎度、とろけてしまいそうな程、甘く、優しいそれは、離されたと同時に名残惜しくなる。

月の光を背にして見る三日月は、言葉にできないほど美しい。ぼーっと見惚れていると、大きな手で優しく髪を撫でられた。

「どうして…と、そうだな…俺にもわからない」

深く考える様に眉を潜めながらもアッサリと答えにならない答えを言ってしまう三日月に魂消て目を丸くしていると何がおかしいのか、笑っている。

「三日月様は、よくわかりません…」
「…ほう」
「…何を考えているのか、何も…」

三日月と出会い、時間を共有したのは何度目になるか、いつになっても彼の考えている事など何もわからない。

生きている年数が違うのが問題なのか、少しそれが悔しくて視線を下げ唇を噛み締める。

「そうだな…強いて言えば」

私の噛みしめる力を緩める様に頬を掠める三日月の指先。視線を上げれば、穏やかに笑み私を見つめる三日月の瞳が目にとまる。

「初めて、名前と夜を共にした時月を眺め、涙を流していた姿に」

頬に触れる指先が次第に耳元に流れてゆく。少しくすぐったくて手が添えられる方に顔をすくめたい気持ちがあったが瞳の奥の三日月を離すことができなかった。

「…心奪われたのかも、しれないな」

三日月の言葉に私は、ハッと息を飲む。

そうだ、その時は確か、ここに勤めて初めてのお相手がこの三日月宗近だった。ふと思い出して、一人恥ずかしくなりニヤケてしまう口を噤み堪える。

すると三日月の腕が背に回り引き寄せられた。頬が意外にもしっかりと厚を持った胸に触れる。

瞳を閉じると、とても心が落ち着く。しかし今は人の身となっているが、私を引き寄せる腕、月のように温かく見守る瞳、たくましい胸、元は全て刀だ。不思議でならない。

私は、胸に触れる頬を離し、三日月のしなやかに伸びる美しい指先から一本一本確かめるように握り、そして手首を伝って腕を触る。

そして最後に端整な顔立ちを崩す様に頬を抓ったり、ぷにぷにと圧をかけたりする。やはり私と変わらない、いやむしろ私より潤いを保つ人肌に感心してしまう。そしてマジマジと見つめると三日月も不思議そうに私を見つめる。

「…本当に、刀だったの…?」

突然、突拍子も無いことを口にしてしまった為か、珍しく三日月が驚いた様に目を丸くしている。その姿がなんだか可愛くてクスクスと笑ってしまう。

「だって…」

笑みを含んだ声で、三日月の手を取り自身の頬に添える。目を瞑り、彼自身を感じるように。

「こうして触れる手の温かさも…包み込む様な優しい瞳も全て…」

そこで言葉が詰まってしまった。言葉は見つかっている。しかし口にしたくないのだ。"人間の様だ"なんて口にしてしまったらこの触れる温かい手も、包み込む様な優しい瞳も一人の人間としての存在を否定してしまっている様で口に出来ない。

ゆっくり閉じていた瞳を開き、三日月の瞳を見つめる。視界が微かに潤む。そして静かに自身の頬に添えていた三日月の手を膝元に落とした。

「…ごめんなさい、言葉に出来ない…」

本当は言葉が見つかっているのに嘘をついてしまった事に後ろめたさを感じ眉を潜め視線を落とすと、三日月の私の膝元にある手とは違うもう片方の手で背を引き寄せられた。

そしてまた、頬が三日月の胸に触れる。
三日月は私の心を悟ったのだろうか。
どちらとも言葉を発すること無く時間だけが過ぎていった。