失踪した王子
"どうして魔女になったの"
そう聞かれた時、私はこう答えています。
"偶然と偶然が重なり合って、心が追いつかない内に魔女になってしまったの"
私の答えが期待外れだったのか、キャンディーを片手に私を見上げる少女は口を大きく開けたまま突っ伏してしまいました。
「ごめんなさいね、これから私は国王様に会いに行かなければならないの」
生憎その少女に気の利く言葉をかけられる程に器用でない私は本来の目的をワケにして、少女の前から立ち去りました。
街の中心にある城に向かう間、なぜ自分が魔女になったのか考えてみました。考えてみるとその理由は、街でばったり偶然出会ってしまった街はずれに住む魔女に容易に聞いて立ち話で済む程に小さな物語では無い、という見解に至ったのです。
城に着くまでにまだ時間があります。もう少しだけ考えてみましょう。私は生まれてから今日までの間、二人の魔法使いに出会いました。
一人目の魔法使いは夢の中で出会いました。その魔法使いに出会うまで私は魔法使いというものは黒い衣装に身を包み、つばの広い帽子を目深に被った、とても近寄りがたく、ヒトではないという意識がありました。ですから目の前に現れたその魔法使いのきらきらした金色の髪色とアクアマリンの様な煌びやかな瞳、黒に身を包み込んでいない姿に戸惑いました。
しかしながら私はそのヒトを魔法使いと認めました。そのヒトは私に云ったのです。「僕は魔法使い。君が立派な魔女になって、僕の目の前に現れるのを待っている」とても落ち着いた声色で、戯言を吐かれたとしても、その声色で言われたなら、すんなりと信じてしまう様なそんな素敵な囁きでした。
残念ながらその魔法使いとは、それっきりです。私がまだ立派な魔女ではないから出会わないのか理由は分かりませんが、恐らく眠りに就く前に読んだ物語に魔法使いが出てきましたから、それが夢にまで影響したのだと、そう考える事にしました。
そんな一人目の魔法使いとの出会いを語っている間に、どうやら城の前に到着していたようです。二人目の魔法使いのお話しはまた別の機会にお話ししましょう。
魔女になって独り立ちし、この国に居座り続けて一年が経ちましたが、国王様にお呼ばれされたのは初めての事です。
二人目の魔法使いに言われたことがありました。「魔法使いを好かない者もいる」場合によっては火炙りにされたり、国の為に戦争に駆りだされたりするそうです。
そんな二人目の魔法使いに煽られる様な言葉を掛けられながらも、私はこの国で生きる事を決心しました。けれども、二人目の魔法使いの云っていた事が嘘の様にこの国の人々は魔法使いに関心が無いのか、とても快適に暮らしております。人々との交流が無く、ごくまれに先ほどの少女の様に私に話しかけてくる者もおられますが、火炙りや戦争とは無縁の暮らしを送っています。
しかしながら今朝、国王様からの遣いの方が私の元にやって参りました。ようやく国の魔女として認められ、私にしか出来ない事を任される、と珍しく喜ばしい気持ちで胸が舞い上がってしまいましたが、そんな浮かれた気持ちを落ち着かせ、城の者に国王様の元へと案内され、私の目の前には今、国王様がおられます。
「ご機嫌麗しゅうございます。国王様。」
少し口元がにやけてしまいました。なんせ、この様な挨拶言葉を使った事なんて生まれて一度も無かったのですから、慣れない言葉を使うのは、どこか気恥ずかったのです。
それはさておき、よくよく見ると国王様は眉根を顰め、何やら険しいお顔立ちでした。国を統べる存在であるのだから何かとお忙しい故、お顔立ちがこわばってしまうものなのだと解釈することに致しました。
国王様は一つ大きな咳ばらいをし、側近の方に目配せました。すると側近の方は、一歩前に出て胸を突き出した様な姿勢で腹に力を込め声を張り上げました。
「5日前より、王子の行方が判らなくなっております!」
私は側近の方の声はとてもよく響くと、この場にふさわしくない事を考えながらも耳を傾け続けました。
「捜索を試みたものの未だ、痕跡すら見つかっておりません!」
こんなにも自分の声が響き渡るのは、どのような気持ちになるのだろうか、と私も自分の声を張り上げたい気持ちになりました。またもやこの状況下においてふさわしくない事を考えてしまいましたが、しっかりと言葉の内容を理解しております。
ここで一つ、国王様がなぜ私を城に招き入れたのか頭に浮かびました。私、想像力がとても寛大な故、勘が鋭いのです。ここでまた一つ二人目の魔法使いの言葉を思い出しました。「魔法使いに必要なものは想像力の豊かさだ。魔法とは宇宙の様に果てのないものである。故に、想像力が鍵となるのだ。」
恐らく国王様は、王子様の捜索に魔法の力を借りようとしているのでしょう。国王様はまた大きな咳払いをし、側近の方に目配せました。すると側近の方は一歩後ろに下がりました。
「街はずれに住む魔女よ」
国王様はコントラバスの様な聞き心地の良い太い声色で云いました。
「私は、君を疑っている」
どうやら私は魔法使いという存在を過信していた様です。あながあったら入りたい、というのはこういうことなのですね。国王様は更に続けました。
「隣国にも魔女がいるようだが、宮廷に仕える王室付き魔法使いと随分待遇が良いそうだ。」
先程までは国王様の声色が聞き心地良いものだと思っていましたが、今は悪夢を見ている時の様にとても息苦しいです。
「それに比べて君は存在すら認識されていない程に…」
国王様は、まるで気の毒だという様に首を左右に振りました。しかし、国王様のグレーの瞳は私に対する敵意を滲ませておられました。突如私は、暗闇の中に一人取り残された様な寂しい感覚に襲われ、街はずれにある木造の住み家に帰りたいと思いました。
「君はその腹いせに王子を人質に――」
「私はその様な悪行は断じて致しません!」
私は国王様の言葉を遮る様に声を張り上げました。拳を強く握りしめ、酷く震えていました。無い事を疑われ胸の奥がむかむかと怒りがこみ上げてきたのです。
「ならば王子は、何処に消えたというのだ!」
国王様も声を張り上げました。私は思わず肩がびくっと跳ね上がりました。しかし、ここでひるんではいけない、と震える唇に力を込めて動かしました。
「王子様の心が何処にあるのか探し当てましょう」
私の言葉に国王様は、何を云っているのだと云う様に疑心する様な目で私を睨みました。私は更に言葉を続けます。
「モノに宿されたその持ち主の心から、現在持ち主の心、つまり王子様の居場所を探ります」
国王様は「そんな事が出来るのか」と驚いた様子で云いました。私は国王様の側近の方に目配せ、何か王子様の所有物を持ってくる様に促しました。しかし、私の願いなど聞くわけも無く、国王様が命令しようやく側近の方は王子様が使用していたというレイピアを持ってきました。
私は、こみ上げてきた様々な感情を抑えて魔力を集中させ、王子様の私物に触れました。初めはこのレイピアに込められた王子様の心を読み取りました。如何やら初めて国王様に頂いたものの様で、とても特別な感情が宿されていました。そして次第に問いかけます。この心を宿した主は、今どこに――?
私は静かに手を離し、閉ざしていた瞳を開け国王様に目配せました。国王様は恐る恐る口を開きました。
「王子は、何処に」
「荒れ地が見えました……私の記憶が正しければそこは、隣国の荒れ地です」
「なんと…!」
国王様は信じられないという様に声を上げました。しかし、私の記憶は確かです。
「戯言では、無いな…?」
「はい」
疑う様な素振りで私を見つめるグレーの瞳。私は、何のブレも無く返事をしました。国王様は何か考える様に肘掛けに肘を付き頭を預けました。その間、私はただ黙って国王様の言葉を待つのみです。
先ほどこみ上げていた怒りの感情が、すっかり無くなったとは言えませんが少し悔しさが残っています。寂しいという感情と自宅に帰りたいという思いは一層募っております。城に来るまでの間は、あんなにも浮かれていたのに、と考えれば考える程、何て情けないのだろうと感情が込み上がり視界がぼやけて参りました。
零してはならない、と瞬きせず瞳を乾かそうと努力していますが、国王様の大きな咳払いにより、国王様に目を向けなければならない状態になってしまいました。私は国王様の瞳にはもう耐えられないと判断し、への字に曲げられた口元を見つめました。
「10日だ。10日以内に王子と共に国に戻らなければ、私は王子が隣国に攫われたと考え、隣国と戦争を行う」
「なんと…!国王様!気を確かに!」
国王様の言葉に私は思わず瞳を大きく見開いてしまいました。側近の方も瞳がころりとビー玉の様に転がってしまうのではないかと思われる程に驚いていました。国王様は云いました。「私は冷静だ」とても落ち着いた口調でした。
「魔女よ。私はまだ君を認めたわけではない。しかし、痕跡が無い以上、君を信じるしかないのだ。」
私は、ごくりと息を飲みました。
「もし、王子を見つける事が出来なかった場合、代償として隣国との戦争、協力してもらだろう」
ゾッと背筋に緊張が走りました。今までに一度も感じた事のない緊張です。国王様のグレーの瞳は、まるで悪魔に取りつかれてしまった様に霞んでみえました。
そう聞かれた時、私はこう答えています。
"偶然と偶然が重なり合って、心が追いつかない内に魔女になってしまったの"
私の答えが期待外れだったのか、キャンディーを片手に私を見上げる少女は口を大きく開けたまま突っ伏してしまいました。
「ごめんなさいね、これから私は国王様に会いに行かなければならないの」
生憎その少女に気の利く言葉をかけられる程に器用でない私は本来の目的をワケにして、少女の前から立ち去りました。
街の中心にある城に向かう間、なぜ自分が魔女になったのか考えてみました。考えてみるとその理由は、街でばったり偶然出会ってしまった街はずれに住む魔女に容易に聞いて立ち話で済む程に小さな物語では無い、という見解に至ったのです。
城に着くまでにまだ時間があります。もう少しだけ考えてみましょう。私は生まれてから今日までの間、二人の魔法使いに出会いました。
一人目の魔法使いは夢の中で出会いました。その魔法使いに出会うまで私は魔法使いというものは黒い衣装に身を包み、つばの広い帽子を目深に被った、とても近寄りがたく、ヒトではないという意識がありました。ですから目の前に現れたその魔法使いのきらきらした金色の髪色とアクアマリンの様な煌びやかな瞳、黒に身を包み込んでいない姿に戸惑いました。
しかしながら私はそのヒトを魔法使いと認めました。そのヒトは私に云ったのです。「僕は魔法使い。君が立派な魔女になって、僕の目の前に現れるのを待っている」とても落ち着いた声色で、戯言を吐かれたとしても、その声色で言われたなら、すんなりと信じてしまう様なそんな素敵な囁きでした。
残念ながらその魔法使いとは、それっきりです。私がまだ立派な魔女ではないから出会わないのか理由は分かりませんが、恐らく眠りに就く前に読んだ物語に魔法使いが出てきましたから、それが夢にまで影響したのだと、そう考える事にしました。
そんな一人目の魔法使いとの出会いを語っている間に、どうやら城の前に到着していたようです。二人目の魔法使いのお話しはまた別の機会にお話ししましょう。
魔女になって独り立ちし、この国に居座り続けて一年が経ちましたが、国王様にお呼ばれされたのは初めての事です。
二人目の魔法使いに言われたことがありました。「魔法使いを好かない者もいる」場合によっては火炙りにされたり、国の為に戦争に駆りだされたりするそうです。
そんな二人目の魔法使いに煽られる様な言葉を掛けられながらも、私はこの国で生きる事を決心しました。けれども、二人目の魔法使いの云っていた事が嘘の様にこの国の人々は魔法使いに関心が無いのか、とても快適に暮らしております。人々との交流が無く、ごくまれに先ほどの少女の様に私に話しかけてくる者もおられますが、火炙りや戦争とは無縁の暮らしを送っています。
しかしながら今朝、国王様からの遣いの方が私の元にやって参りました。ようやく国の魔女として認められ、私にしか出来ない事を任される、と珍しく喜ばしい気持ちで胸が舞い上がってしまいましたが、そんな浮かれた気持ちを落ち着かせ、城の者に国王様の元へと案内され、私の目の前には今、国王様がおられます。
「ご機嫌麗しゅうございます。国王様。」
少し口元がにやけてしまいました。なんせ、この様な挨拶言葉を使った事なんて生まれて一度も無かったのですから、慣れない言葉を使うのは、どこか気恥ずかったのです。
それはさておき、よくよく見ると国王様は眉根を顰め、何やら険しいお顔立ちでした。国を統べる存在であるのだから何かとお忙しい故、お顔立ちがこわばってしまうものなのだと解釈することに致しました。
国王様は一つ大きな咳ばらいをし、側近の方に目配せました。すると側近の方は、一歩前に出て胸を突き出した様な姿勢で腹に力を込め声を張り上げました。
「5日前より、王子の行方が判らなくなっております!」
私は側近の方の声はとてもよく響くと、この場にふさわしくない事を考えながらも耳を傾け続けました。
「捜索を試みたものの未だ、痕跡すら見つかっておりません!」
こんなにも自分の声が響き渡るのは、どのような気持ちになるのだろうか、と私も自分の声を張り上げたい気持ちになりました。またもやこの状況下においてふさわしくない事を考えてしまいましたが、しっかりと言葉の内容を理解しております。
ここで一つ、国王様がなぜ私を城に招き入れたのか頭に浮かびました。私、想像力がとても寛大な故、勘が鋭いのです。ここでまた一つ二人目の魔法使いの言葉を思い出しました。「魔法使いに必要なものは想像力の豊かさだ。魔法とは宇宙の様に果てのないものである。故に、想像力が鍵となるのだ。」
恐らく国王様は、王子様の捜索に魔法の力を借りようとしているのでしょう。国王様はまた大きな咳払いをし、側近の方に目配せました。すると側近の方は一歩後ろに下がりました。
「街はずれに住む魔女よ」
国王様はコントラバスの様な聞き心地の良い太い声色で云いました。
「私は、君を疑っている」
どうやら私は魔法使いという存在を過信していた様です。あながあったら入りたい、というのはこういうことなのですね。国王様は更に続けました。
「隣国にも魔女がいるようだが、宮廷に仕える王室付き魔法使いと随分待遇が良いそうだ。」
先程までは国王様の声色が聞き心地良いものだと思っていましたが、今は悪夢を見ている時の様にとても息苦しいです。
「それに比べて君は存在すら認識されていない程に…」
国王様は、まるで気の毒だという様に首を左右に振りました。しかし、国王様のグレーの瞳は私に対する敵意を滲ませておられました。突如私は、暗闇の中に一人取り残された様な寂しい感覚に襲われ、街はずれにある木造の住み家に帰りたいと思いました。
「君はその腹いせに王子を人質に――」
「私はその様な悪行は断じて致しません!」
私は国王様の言葉を遮る様に声を張り上げました。拳を強く握りしめ、酷く震えていました。無い事を疑われ胸の奥がむかむかと怒りがこみ上げてきたのです。
「ならば王子は、何処に消えたというのだ!」
国王様も声を張り上げました。私は思わず肩がびくっと跳ね上がりました。しかし、ここでひるんではいけない、と震える唇に力を込めて動かしました。
「王子様の心が何処にあるのか探し当てましょう」
私の言葉に国王様は、何を云っているのだと云う様に疑心する様な目で私を睨みました。私は更に言葉を続けます。
「モノに宿されたその持ち主の心から、現在持ち主の心、つまり王子様の居場所を探ります」
国王様は「そんな事が出来るのか」と驚いた様子で云いました。私は国王様の側近の方に目配せ、何か王子様の所有物を持ってくる様に促しました。しかし、私の願いなど聞くわけも無く、国王様が命令しようやく側近の方は王子様が使用していたというレイピアを持ってきました。
私は、こみ上げてきた様々な感情を抑えて魔力を集中させ、王子様の私物に触れました。初めはこのレイピアに込められた王子様の心を読み取りました。如何やら初めて国王様に頂いたものの様で、とても特別な感情が宿されていました。そして次第に問いかけます。この心を宿した主は、今どこに――?
私は静かに手を離し、閉ざしていた瞳を開け国王様に目配せました。国王様は恐る恐る口を開きました。
「王子は、何処に」
「荒れ地が見えました……私の記憶が正しければそこは、隣国の荒れ地です」
「なんと…!」
国王様は信じられないという様に声を上げました。しかし、私の記憶は確かです。
「戯言では、無いな…?」
「はい」
疑う様な素振りで私を見つめるグレーの瞳。私は、何のブレも無く返事をしました。国王様は何か考える様に肘掛けに肘を付き頭を預けました。その間、私はただ黙って国王様の言葉を待つのみです。
先ほどこみ上げていた怒りの感情が、すっかり無くなったとは言えませんが少し悔しさが残っています。寂しいという感情と自宅に帰りたいという思いは一層募っております。城に来るまでの間は、あんなにも浮かれていたのに、と考えれば考える程、何て情けないのだろうと感情が込み上がり視界がぼやけて参りました。
零してはならない、と瞬きせず瞳を乾かそうと努力していますが、国王様の大きな咳払いにより、国王様に目を向けなければならない状態になってしまいました。私は国王様の瞳にはもう耐えられないと判断し、への字に曲げられた口元を見つめました。
「10日だ。10日以内に王子と共に国に戻らなければ、私は王子が隣国に攫われたと考え、隣国と戦争を行う」
「なんと…!国王様!気を確かに!」
国王様の言葉に私は思わず瞳を大きく見開いてしまいました。側近の方も瞳がころりとビー玉の様に転がってしまうのではないかと思われる程に驚いていました。国王様は云いました。「私は冷静だ」とても落ち着いた口調でした。
「魔女よ。私はまだ君を認めたわけではない。しかし、痕跡が無い以上、君を信じるしかないのだ。」
私は、ごくりと息を飲みました。
「もし、王子を見つける事が出来なかった場合、代償として隣国との戦争、協力してもらだろう」
ゾッと背筋に緊張が走りました。今までに一度も感じた事のない緊張です。国王様のグレーの瞳は、まるで悪魔に取りつかれてしまった様に霞んでみえました。