薄暗い廊下で


「なんだか、雨降りそう‥」

ヤシの木が数本生えた人気のない船尾楼で、ポツリと呟く。折角、全てを干し終えた洗濯物。つい先ほどまでは雲1つない快晴の空だったのに、一息ついて見上げれば空は灰色の雲に覆われていた。新世界であるから仕方の無い事なのかもしれない。

「仕方ない、乾燥室に持って行くか‥」

ため息混じりに言葉を零し、冷んやりと水気のある布物を素早くカゴに戻し始めた。

「よし。」

全ての物を取り終え、両手にカゴを抱える。ちょっと重い。足を踏み外さない様に慎重に階段を降りていると、何と無くだが船員達が先程よりも忙しなく動いている気がした。
ふと、顔を上げた時に見えた船首楼の方で船員に指示をする、この船の船長シャンクス。

瞳に捉えた瞬間に耳から徐々に全身に回る様に身体が熱くなる。だって今日の朝まで同じベッドに居たのだから‥蘇る昨晩の記憶に1人恥ずかしくなっていると、ふと、お頭が此方を見ている様な気がして、私は慌てて視線を下げ階段を降り、颯爽と船内に逃げていった。

ー ー ー ー ー

「はぁ、なんでこんなにドキドキしちゃうんだろう‥」

船尾の1番下の方に設置されている乾燥室で1人、洗濯物を干しながら未だ胸の高鳴りがおさまらない。

初めて、この船に乗った日にはお頭に対してこんなに心苦しくなる事など無かったのに、接していく内に次第に見ているだけで胸が破裂しそうになった。

それが、"好き"という気持ちに気がついた時には泣きながら胸の内を明かしたのを良く覚えている。その時のお頭の表情が優しかった事も。お互いの気持ちが同じだった事も。

「何だろう、思い出したら泣けてきちゃった」

知らないうちに潤いを増していた瞳を乾かす様に手をパタパタと扇ぐ。でも泣きたくなるぐらい嬉しかったんだよね。

全ての洗濯物を干し終え、ドアノブを回し乾燥室から出ると、先程来る時は気がつかなかったが廊下は薄暗かった。微かな電気、遠くを見つめるがあまり良く見えなかった。早く上に戻ろう、と足を進める。

ふと誰かの足音が聞こえ始めた。それは此方に向かっている様で次第に音は大きくなっていく。こんな人気の無い所に用がある人なんているのだなあ、とボケーっと遠くを見ていると、次第にその人物が誰なのかはっきりと分かってきた。

「!‥お頭!‥どうして、こんな所に?」

船長が訪れることなど絶対にない様なこの場所で会った事に、喜びの反面、恥ずかしさもあった。目の前に立つお頭。背が高くて、私はお頭の胸ぐらいかな、見上げる様になってしまう。

「あ、いや〜、お前さんを探してた」

口ごもってから、少し照れた様にいうものだから私の顔がどんどん熱くなる。どうしよう、言葉を返さなきゃ。

「そ、そうなんですね!でも、お頭がここにいたら皆さんきっと困っちゃいます‥!上に戻りましょう!」

口早にそう言って、変に力の入った足を不自然に動かしてお頭の横を通り抜けようとした時だった。

突然、腕を掴まれそのままお頭の方に身体を向ける様な形になり私の唇がお頭の唇によって塞がれた。あまりの突然さに驚きで目を見開くも、受け入れる様に瞳を閉じた。何度か繰り返される触れるだけのキス。そのリップ音が妙に耳によく伝わり、胸が熱くなる。次第にそれは深いものとなり始め、お頭の舌が私の中に入ってきて舌を絡ませる。

知らないうちに背中に冷んやりと壁があり、腕を強く、それでも優しく壁に押し付けられていた。

そして名残惜しく離される唇。同時に閉じていた目を開けば交わる視線。その交わる瞳が全て丸裸に見られているようで恥ずかしさで視線を下げる。すると首元にお頭の唇が寄せられ微かな吐息に身体がビクッと揺れる。

「‥お頭‥?」
「シャンクスだ、」

耳元で囁かれ擽ったさ、焦ったさからか目を一度ギュッとしめる。開けた時には真っ直ぐな瞳で私の瞳を見つめていた。

「2人の時は、"シャンクス"だろ?」

少し首を傾げて、笑みを浮かべるその姿に私の心が更に高鳴るのを感じた。