水の君主


princessは毎朝、日が昇りかけている微かな光の溢れる時間に近所の森の中を散歩する。そして、スラスラと慣れた様に必ず訪れる場所があった。朝の気温で少し霧が出来た空間に、澄み渡る青い湖。それは底が見えるほど浸透感が強い。

「‥スイクン。」

深く呼吸をし、その名を呼ぶ。すると、princessがいる場所から湖を挟んだ正面に現れる、水晶の様に透過した青さ、純白の衣を揺らす姿。スイクンだ。一歩一歩と水の上を歩きprincessの元へ近づくスイクン。いつみてもその美しい姿に心奪われ、目視してしまう。

「おはよう、スイクン。」

遂にprincessの目の前にやってきたスイクンにそう言うと、princessは腕を伸ばし顔を包み込み撫でる。するとスイクンは頬をprincessの頬へと擦り付ける。お互いの体温を感じる様に。

princessとスイクンが出逢ったのは2人のこの親しさを見ると随分と昔の様である。

ふとprincessは透き通るぐらいに透明な湖に目を向けた。昔この湖は底が見えないくらい汚くドブの湖だった。

そんな湖だったが、princessは毎日の様にその湖に訪れては、ある本を読み願っていた。そんなある日、

「水の君主、スイクン‥濁った水を一瞬にして清める事が出来る力を秘めている。」

一文を読み、princessは本を閉じた。いつもの様に目を瞑り、心に願う。そして閉じていた瞼を上げひと息つき、その変化のない湖に背を向け来た道を戻ろうとした時だった。

princessの髪をなびく風。それは、北から吹いていた。ふと何か気配を感じもう一度湖に目を向ける。すると、そこには本で見たものとは違って、なびく毛は青かったが、その清らかな姿は確実にスイクンだった。思わず息を呑む。言葉が出ないのだ。まさか本当にやって来るなんて、信じられない、と。

スイクンは、princessをジーっと見ていた。そして、princessに何か伝える様に一声上げてから、軽やかに湖の上を転々と跳ねる。その跳ねたところは泡沫の様で広がっていき透明な水に変わっていった。あっという間に濁ったドブの湖は、しっかりと底の見える透明な湖となった。

その出来事があって以降もprincessは毎日この湖に訪れた。そして、なんとスイクンもその湖に必ずいたのだ。次第に2人の距離は近くなって、princessはスイクンに差し入れと、ポケモンが好むお菓子を持って行ったり、スイクンはprincessを背に乗せ、森を走り抜けるなどまるでトレーナーとそのパートナーの様だった。

しかし、日が経つにつれprincessは不安に駆られていた。いつかは、いなくなってしまうと。世界にはきっとまだスイクンの力を求めている人達がいると思ったからだ。いつか、その人達の願いがスイクンの元に届いて、その願いを叶える為に行ってしまうのではないかと。


一瞬鼻先に冷たさを感じハッと意識がここに戻って来た。スイクンがボーッとしているprincessの鼻先を舐めたのだ。

「貴方が来てくれて良かった‥」

princessは一度、スイクンの瞳を捉えてから、目を瞑り額を寄せる。それに応えるように同じ様に目を瞑り頭を少し下に傾げ額を合わせるスイクン。

「いつまでも、貴方とこうして暮らしたい」

潤む瞳でスイクンを見つめる。

「貴方の力をじゃなくて」

ついには涙が溢れた。

「貴方を独占したいの。」

精一杯に、申し訳ない気持ちも込めて困った様に笑みそう言うとスイクンは、ハッと目を見開き驚いた様な表情を浮かべた。

しかしすぐに凛とした眼差しでprincessを見つめ、そしてスイクンはもう一度princessを慈しむように自身の頬を擦り寄せた。princessにはそれがスイクンが「自分も同じ気持ちだ」と言っているように聞こえた。