紅葉


夜風が肌をかすめる。少し肌寒くて、自身の体を包み込む様に腕を組んだ。しかし目は夜空を見上げたまま。

厳密に言えば、月の光に照らされる天まで高くそびえ立つスズの塔とその周りを占める、紅葉を眺めているのだ。

「お待たせ」

ふと耳に入ってきた居心地の良い落ち着いた声。思わず笑みを浮かべその声が聞こえてきた方向に目を向ける。

「princess」

夜風に、木々の葉が揺れ、その流れに乗って私の名を呼ぶ声が全身に流れてくる。

「マツバ…遅いよ。」
「…ごめんね」

時間で考えると実はそこまで待っていなかった。しかし、心の中で考えると早く会いたい気持ちが強くて待ち遠しかったのだ。

それでも優しいマツバは眉を下げ薄く笑みを浮かべ、腕を組む私の手を解き、自身の手で私の手を包み込んだ。

「こんなに、冷えるまで待たせちゃったんだね。」

更に申し訳なさそうに顔を曇らすマツバの手は私の手とは対照的でとても温かい。

「大丈夫。マツバが温めてくれるでしょ?」

向かい合って立ち、私の手を包むマツバの優しさの溢れる瞳を見て笑むと、マツバも同じ様に少し頬を赤らめて笑んだ。

「毎年、こうして一緒に紅葉をしてるよね。」

ふと顔を上げ、赤や橙などの暖色の木々の葉を見つめる。同じようにマツバも顔を私と同じ方向に上げた。

「うん、そうだね。」
「よく、飽きないよね。」
「…毎年、同じ場所でも違って見えるものだからね。」

薄情的な言葉でさえも救うように包み込む様な柔和な言葉が好きだ。もし言葉というものに感情が合ったならきっとマツバから発せられる言葉達も、マツバの事が好きだと思う。

「ねえ、もし、明日にでも私が旅に出るって言ったらどうする?」

それぞれ何を思っているのか、2人して口を閉ざしている時間が流れ、それを破る様に疑問を問いかけた。

するとマツバは衝撃を受けた様な表情で私を見つめ、手を包む力が微かに強まる。その姿に思わずクスリと笑ってしまう。

「もしもの話だよ。」

そう口にすると、安堵を示す様に顔が緩んだ。少し考える様に視線を落とすマツバ。何て答えるのだろうか、早く聞きたくて仕方が無くウズウズする気持ちもあったが、待つのみ。

すると、しばらくしてマツバが視線を上げ私の瞳を捉える。

「引き止めるよ。」

薄い笑みを浮かべ一言零したマツバに私は、心が満たされる様な感覚に包まれた。

「来年も、一緒に見ようね。」
「うん。」

そしてもう一度2人して空を見上げた。