移り変わり


微かに開かれた窓を閉めようとした時、流れてきた風に髪が頬をかすめる。風というのは季節の移り変わりをよく示してくれる。

夜空を見上げると、ふと彼の事を思い出した。厳密に言えば常に想っているのだが、季節の流れを感じた時は一段と心に浮かび上がる。

彼の相棒であるルカリオが突然、某っと空を見上げる私の隣にやってきて鳴き声を上げた。

「…ルカリオ、もしかして私の心を読んだでしょ…?」

視線を下げ微かに笑むと、そうだ、と言うように鳴いた。

「やっぱりね…貴方のご主人様はいつお戻りになるのかしら?」

少し笑いの混じった口調で問うと困った様な表情を浮かべるルカリオ。その姿に薄く笑みを浮かべる。

「ゲンさん…早く会いたいのに…」

心に想っている人の名を口にすると、側にその存在がいないせいか、侘しい。その感情が表情に現れていたみたいでルカリオも同じ様な表情を浮かべた。

「ルカリオも同じ気持ちだよね」

そう言って頭を撫でると、こちらまで幸せな気分になってしまう程に目を細めてうっとりとした表情を浮かべた。

そしてもう一度、外の景色を眺めた。
ゲンさんは修行の為に相棒のルカリオと共に旅に出ている。いつも、予告など無しに突然帰ってくる。そして、ふらっと私の前からいなくなってしまう。この繰り返しがもう何度か続いているのだがいつになっても慣れない。

しかし一つだけ気づいたことがあるのだ。彼は季節の変わり目に帰ってくるのだと。

そして部屋を見渡すと、ダイニングテーブルにはいつもより豪華な食事が2人分用意されている。

「気合い入れすぎちゃったかな」

豪華なのだが何処か虚しい。どうやらこの虚しさを埋めるにはやはり彼が帰ってこないとどうにもならないみたい。


切なげにダイニングテーブルを見つめているとルカリオが声を上げた。反応する様に目を向けると、波動を察知する際の体勢で私を見つめている。

「もしかして」

微かに期待のこもった声を上げるとルカリオは嬉しそうに骨格を上げ鳴いた。その姿に私も喜びが胸に込み上がる。しかしその反面、緊張と焦りに襲われあたふたと意味も無く部屋の中を歩き回る。

「どうしよう…どうしよう」

そして、緊張と焦りを抑える暇もなく玄関がガチャリと開かれる音が響いた。心臓がドクドクと脈打つ音が加速する。

そして、リビングにつながる、現在私がいる部屋のドアが開かれた。ハッと息を飲んだ。

「やあ、princess、ただいま。」

久々に聞いたその声は信じられないくらいに私の心に深く浸透してきた。それによって感極まり涙腺へと伝ってゆく。泣きそうになった。

「ゲンさん…おかえりなさい」

震える唇を力一杯抑えながら伝えると、ニコッと笑みを浮かべて、ハットを外し胸に抱き、私の目の前にやって来た。

スラーっとした背丈。顔を上げればゲンさんの優しい温かい瞳が交じり合う。喜びが溢れ笑むと、ゲンさんも微かに口元を緩め私の髪を撫でるように触れた。

「…っ!、コ、コートと帽子預かりますよ!」

突然触れられた事に嬉しさもあるが、恥ずかしさもありそれを誤魔化すようにゲンさんが手に持つ帽子を取り、背に回ってコートを受け取ろうとする。

するとゲンさんは、すまない、と礼を言い肩からコートを下げた。それを受け取り足早に寝室へと向かっていった。

廊下のわずかな明かりしか差し込まない静まり返った寝室は、私の心臓の音をよく引き立てていた。久々の再会でこんなにもドキドキしてしまうなんて、と心を落ち着かせながら帽子を掛けて、ハンガーを手に取りコートに掛ける。

ぶら下がるコート。それを包み込む様に身を寄せて、鼻をつけるとゲンさんの香りがした。より嗅覚を研ぎ澄ます為に瞳を閉じ目一杯吸い込む。

「はあ……すき。」

口で大きく息を吐き、吐息混じりに口にする。ふと、背に温かいぬくもりを感じた。突然の事にびっくりして瞼を開けると、ふんわりとゲンさんの香りが後ろからも漂って来た。

「ゲン…さん…?」

腰にがっしりと回された腕に確かめる様に手を添えるとより強く抱きしめられた。それが愛おしく感じ、惜しくも、それ以上を求めてコートから身を離して振り向く。

「princess…」

焦ったく顔を上げれば目に映るのは切なげな表情で私の名を呼ぶゲンさん。

そしてどちらとも無く唇が触れ合った。久々の触感に胸がキツくなる。自分からせがむ様に、微かに歯を立てて柔らかい唇を噛んだり、包み込んだり濡れた舌で舐めたりを繰り返していると、易々と抱き抱えられ、ふわりとベッドに落とされた。

一度離される唇。微かな明かりで顔はハッキリとは見えないが、お互い同じ様な顔をしているだろう。

そして、ゲンさんの指先が私の頬を慈しむ様に撫でる。その行為に、涙を浮かべ目を細めるとゲンさんの切なげな瞳が交じわる。

「好きだ。」

強い眼差しと共に放たれた言葉。
そしてもう一度、唇が触れ合った。