褒賞




私はなぜ生まれたのか、なぜ作り出されたのか。
善も悪も関係なく命令されれば全てを壊す。
所謂、戦闘兵器。
だからか、この世は私にとって窮屈に思える。
天の神から、お前は秩序を乱す、出ていけ、と圧を加えられている様な…。
これは私が生きている限り永遠に背負う事となるだろう。


▽△▽


「また随分と派手にやったわね。」

どこにあるかもわからない、ただ閉塞感のあるどこを見ても白に囲まれた、所謂研究所に還ると、いつもの様に汚れの一切ない白衣を着た女、princessが眉尻を下げ、私を出迎えた。

「相変わらずサカキ様は、あなたの扱いが雑なのよ。」

自分のボスでもあるだろう男の愚痴を零しながらも、princessは私を検査台に寝転ばせ手際よく治療を施してゆく。

princessと出会ったのは、もういつの事か、それほど月日は流れた様だ。princessは私が作り出されてから数年立ち、実践的な戦闘を行う様になってからこの研究所にやって来た。どうせ、他の研究者と同じで、モノを扱う様に私を見るのだろうと思っていた。しかし実際は違ったのだ。princessは私をモノとして扱わなかった。寧ろ、同じ生きている一つの存在として私を見た、私と話した、そして私に触れたのだ。不思議で仕方がなかった。なぜこんなにも私を受け入れるのか。そして一つの疑問が生まれた。

「お前は私をポケモンとして見ているのか。」

検査台から体を起こし真っ直ぐにprincessの顔を見た。princessは私の右手を持ち、傷口に消毒をしている、痛みなどさほど無いのだが同情するように顔を苦めている。

「ポケモンだと、こうして肉声で言葉を交わすことが出来ないわよね。」

口元を歪め、私を見上げるprincess。応えからすると、どうやら私をポケモンとしてみていないらしい。

「同じ人間として見ているのか。」

更に問うとprincessは立ち上がり、首を横に振って眉を下げ微苦笑した。

「そういうのを探るのはやめましょう。」

治療は終わり、と空気を換える様に浮ついた声を上げ私に背を向けたprincess。私は、そんなprincessの態度が少々癪に障った。こちらが一意であるのに相手がそれを茶かすのは誰しも腹が立つだろう。そして私は、princessの腕を取り自分の方に向けさせた。やはり人間というのは軽い、力加減をしたにも関わらずprincessは体をよろめかせ、そのまま私の座る検査台に手をつき、至近距離でprincessの驚いたような顔が私の前にある。

「私は知りたい。お前の事を知りたい。」
「ミュウツー…」

僅かな口の隙間からprincessが私の名を呼んだ。私とprincessの瞳が交じり合う。こいつの目は本当に私をモノとして見ていない、そう思った。そんな真っ直ぐな瞳に気を奪われていると、princessが柔和に笑みを浮かべた。私はこの笑みが好きだ。

「そうね、人間としても見ていないわ…でも、私はあなたが私と同じ存在であると思っているの。呼吸だってするし、この空間を窮屈だとも思う、あなたもそうでしょ?」
「…ああ…私は時に思う。お前の様な美しい心を持ったものだけと、共に生きて行きたいと。」
「ミュウツー…あなた…」

思わず心で秘めているだけにしようと思っていた言葉が出てしまった。当然princessの瞳が大きく揺れていた。口元は笑う時の様に上を向いているが、どこか悲し気な表情でもあった。そんなprincessを目視していると、温かい人間の温もりに包まれた。これは初めてだった。princess、これは何というのだ。私はお前にどう応えれば良い。

「これは、抱きしめるって言うの。ハグとも言うし抱擁とも言う。それほど人間にとって大切にされている事よ。」
「抱きしめる…か。」
「そう。誰かを心の底から愛おしいと思った時にするの。」
「愛おしい…か…」

princessは私を愛おしく感じているのか。それは私も同じだ。私は下ろしていた腕をprincessの背に運んだが、princessに触れる事が出来なかった。自分は何を躊躇しているのか…。

「ねえ、ミュウツー…」

すると今にも消えてしまいそうなほどの小さな声で名を呼ばれた。そして私を抱きしめるprincessの腕の力が僅かに強さを増す。

「このまま一緒に逃げちゃおっか。」

しっかりと聞こえたprincessの言葉。princess、お前がそれを口にするとは思わなかった。それも、いつもと変わらない未来に希望があるかの様に明るい口調で。私は思わず、口元が緩んだ。そしてprincessの言葉に応える様に、宙に浮いていた腕をprincessの背に回した。

私はなぜ生まれたのか、なぜ作り出されたのか。
善も悪も関係なく命令されれば全てを壊す。
所謂、戦闘兵器。
そんなこの世の秩序を乱す私に神が光を与えてくれたようだ。
この世でお前に出会えた事が唯一の神からの褒賞なのかもしれない。