貴方に近づきたい


「またやってるのかい、ねえちゃん」

草むらでたたずむ一人と一匹にクチナシは呆れた口ぶりで訊いた。

昼間のシャンシャンと照りつく太陽と入れ替わって現れた月。アローラの夜は少し肌寒い。

「なぜ、夜なのさ」
「夜じゃなきゃダメなんです」

昨日、一昨日、ここ最近毎晩の様に彼女ーーprincessとその相棒、イーブイがこうしてクチナシの職場兼自宅の派出所前で野生のポケモン達とバトルを繰り広げている。
よくもまあ、こんな夜にやるもんだな、とクチナシは思いながらも彼女のその姿を観察していた。

「ブラッキーに進化させたいから…」

princessは、無邪気に跳ねるイーブイを胸に抱え、クチナシの方に振り返った。
すると彼は、そっぽを向いて頭をかき、参ったな、という様に溜息をこぼした。そして、真剣な眼差しを向けるprincessに目配せた。

彼女に悪タイプは似合わないーークチナシはそう思っていた。どちらかといったらエーフィの様にエスパータイプの妖艶な、不思議な雰囲気をまとった彼女。

偏見を持つのは良くない、と思いながらも納得できない気持ちが胸に渦巻いていた。

「なぜそんなにブラッキーに進化させたいのさ」

クチナシは、princessに近づき、彼女の腕の中にいるイーブイの顎を撫でた。イーブイは気持ち良さそうに目を細めている。

「それは…」

princessは、口を閉ざした。その先を口にできない彼女をクチナシは一瞥し、参ったな、と吐息をこぼして、彼女の言葉の続きを待った。

princessは、眉をひそめうついた。まるで、喉に詰まった言葉がはきだせない様に、苦しそうだった。

しばらくして、princessは深呼吸をし、顔を上げた。その顔は、少し照れかしげに赤らめていた。

「貴方に近づきたいから」

princessは、クチナシの瞳を真っ直ぐに見つめていった。そしてクチナシもprincessの瞳を真っ直ぐに見つめいた。彼に関しては、彼女の発した言葉に衝撃を受けた様に思わず見入ってしまったという様な目だ。


しばらくして、クチナシは頭をかきながらそっぽを向いた。

「おじさん参ったよ」

彼は、スカル団の厄介ごとに巻き込まれた時の様な苦い表情を浮かべた。
それを見てprincessは、悲しそうに眉をひそめうつむいた。そんな彼女を見てクチナシは、ふう、と吐息をこぼし、princessの頭にポンっと手を添えた。

「もうひと踏ん張りか」

ハッとしてprincessが顔を上げた時、クチナシは微かに口元に笑みを浮かべていた。princessは、徐々に口元を緩めた。