トラウマ


ポケモンリーグに挑戦して4回目。いつもこの男に敗れる。その男は四天王では初の水タイプの使い手、ズミ。私の手持ちには電気タイプがしっかりといる、万全の状態なのだが私は絶対に彼に勝てない。なぜ勝てないかというと、このフロアが苦手なのだ。

そして、本日5回目の挑戦。彼以外の四天王は毎度同じ様に速やかに終わらせて行く。深く呼吸をし、彼のいるフロアへ。足を踏み入れた途端に、地鳴りが響き両脇から滝の様に水が飛沫をあげ流れる。震える自分の手を抑え、降りかかる水に瞼をぎゅっと閉じそれに耐える。
しばらくして、音が鳴り止み、水が静かに流れ落ちる音だけが耳に響いた。
しかし、そこからが私にとって恐怖を与える状態なのだ。一度深呼吸をし閉じた瞼を開けると、一瞬鳥肌が立つもそれを抑える様に気を引き締める。このフロアを囲う様に流れる水、そして足元にも水だ。
一歩踏み出し彼に近づく。

「貴女ですか。では、早速、始めますよ。」

今回は、序盤から電気タイプのポケモンで、かみなり一本で攻め、水タイプの技を出させない様にする作戦で攻める。しかしかみなりは命中率が高くない。相手のポケモンが2匹でた所まではすべて一発で瀕死状態にさせたのだが、3匹目のポケモンが出てきた瞬間、冷や汗が止まらなくなった。3匹目に出たポケモンは、ギャラドス。トラウマ。私に1番に恐怖を与える水タイプのポケモンだ。怯むな自分と深呼吸をする。

「ー!かみなり!」

少し震える声で指示する、しかし、遂にかみなりが外れてしまった。まずい。水タイプの技が、来る。

「ギャラドス、じしん。」

良かった。ふと水タイプの技ではない事に安心するも、電気タイプのこの子には効果バツグンの技だ。瀕死寸前のこの子をボールに戻し、私は別の子を出した。

「ギャラドス、たきのぼりだ。」

ズミから発せられたその言葉。私は、自分のパートナーに指示する事が出来ず、目を逸らしその場にしゃがんでしまった。その後も、水タイプの技以外にはうまく対応するも、次々と繰り出される水タイプの技に怯んでしまい、又もや5回目、水の門にて不敗となった。

また負けてしまった。と瀕死になってしまった子をボールに戻し、慄然とその場に立ち尽くしていると、珍しくズミが近づいてきて、私の目の前に立った。

「弱いポケモンなどいません。弱いトレーナーがいるのみです。貴女は、今日で5回目です。毎回、私の所で負けてしまう。」

ズミから告げられるどこか自分に当てはまる重みのある言葉に目が潤み、涙が溢れる。流すまいと堪えたのに。それが見られたくなくて顔を下げる。

「貴女は、何かを恐れている‥のですか?」

ふと伸びて来る彼の細長い白い指先。それは私の涙をすくった。目の前の男の行動に顔を上げると、彼の表情は少し切なげで私を見ていた。

「水が怖いんです。‥水タイプの技も水タイプの子も。‥昔、小さい時に川で遊んでいて知らないうちに深い所に行ってしまって私溺れてしまったんです。その時、私の目に留まったのが、自分よりはるかに大きな‥‥ギャラ‥ドスで‥凄く怖くて‥」

その時の記憶が蘇り、脳裏に浮かぶあの時見た、光景。恐怖で肩や手が小刻みに震える。すると、その手を握る目の前の男。

「そうだったんですね。‥貴女のそのトラウマも知らずに私は、貴女を弱いトレーナーと言ってしまった。」

申し訳ないと頭を下げるズミ。私はその行動に驚き「やめて下さい」と言う。

「本当に私が弱いんです。未だに克服出来てないですし、自分のパートナーに迷惑をかけてばっかりです‥」

「もし、貴女が弱かったらこんな5回もここに挑戦しない。貴女は、克服する為にしっかり前に進んでる。貴女のパートナーもそれに気づいてると思います!」

強く手を握り、余りにも諭すものだからそんな珍しく感情を露わにするズミに私はすこし驚いてしまった。そんな私を見て、感情的になってしまった自分に気づいたのか、は、としたように握っていた手を離しそっぽを向く彼。私はそんな彼が、珍しくて、けど感情的になってくれたのが嬉しくて少しクスリと笑ってしまった。
しばらく、頬を赤く染め横を向くズミだったが、一度深呼吸をし、私の方へと目を向けた。

「もし良かったらだが、私が、貴女の水タイプのポケモンの克服を手伝いましょう。」

ズミから発せられた意外な言葉に思考が停止してしまい、黙って見つめる。

「ここでなくて、プライベートで、です」

「是非お願いします!」

その言葉が嬉しくて、私は大きな声と共に頭を下げ、満面な笑みを浮かべた。