君は優しすぎる


「あの!このくらいの小さな、フォッコというポケモンを見ませんでしたか!」

先ほど通った路地とは違う路地を抜け表通りに出たプリンセスはミアレの人々にフォッコを見た人がいないか、聞き込みをしていた。しかし皆、不安げに眉を下げるプリンセスに同情する様に苦い表情を浮かべ首を横に振るばかりだった。

「…どうしよう…フォッコ…」

俯くプリンセスの脳裏に浮かぶのは独り怯えて体を震わせるフォッコの姿。瞳が潤むが、泣きたいのはフォッコの方だ、と堪える様に首を振り、静かなところにいるかもしれない、と顔を上げ瞬間目に入った路地に向かって駆けた。空は先ほどまでの晴天が嘘のように様にどんよりと曇っていた。

一心不乱に更に暗みを増した路地に入ろうとした瞬間、入れ違いで路地から出てきた者と勢いよくぶつかりプリンセスは弾かれる様に地へと手をつき倒れた。

「大丈夫か…!」
「…ごめんなさい!私の不注意で…」

倒れたプリンセスに手を伸ばす男。その男は赤と黒を基調としたスーツに身を包み体格はがっしりとしていて赤みがかった逆立った髪でプリンセスは、おっかない人とぶつかってしまった、と思いながらも、紳士的に伸ばされた手を借り立ち上がった。すると男はハッした様な表情でプリンセスの手の平を上に向けた。

「怪我しているではないか」
「いえ!これぐらい大丈夫です…!」

プリンセスは咄嗟に手を引き両手を胸元に寄せた。プリンセスと男の視線が交じり合う中で、ぽつりと一粒の水が落ちた。雨だ。プリンセスは、カっと目を見開き空を見上げた。空は非常にどんよりとしていて、またもやプリンセスの頭にフォッコが過る。炎タイプであるフォッコに雨は不味い…プリンセスは額に皺を寄せて唇を噛み締めた。

「どうか、しましたか…?」

今にも泣きそうな表情のプリンセスに男は問う。するとプリンセスの潤いを帯びた真っ直ぐな瞳が男の瞳を貫いた。

「フォッコというポケモンを見ませんでしたか…!その子初めてこの街に出てきたばかりで…大きい音に驚いて逃げてしまったんです…!」

堪えていた涙が言葉と共に零れるプリンセスに男は僅かに目を見開いた。

「フォッコは、君のポケモンなのですか…?」
「違います…私はお世話係で…明日、新しく冒険に出る子達に託すポケモンなんです…それなのに私…」

言葉を詰まらし涙を止める様に鼻を啜り、男からの問いにプリンセスは惜しむ様に唇を噛み締め首を横に振った。

「そうなのか…」
「フォッコはとても臆病な性格で、きっと独りで怯えている…」

男は何か考える様に額に皺を寄せた。

「この路地の先で子供たちが何かを囲む様にしゃがんでいた…」

男の言葉にプリンセスは下げていた頭を上げて真偽を確かめる様に男の瞳を捉える。手掛かりが一切無かったプリンセスにとって男の言葉は一筋の光となった、だからプリンセスは男の言葉に賭けてみようと思ったのだ。

「私行ってみます!ありがとうございました!」

プリンセスは深く頭を下げた。それは男に対しての感謝でもある一方、どうかこの先にフォッコがいてくれ、という様な願いも込められていた。そしてプリンセスは先を急ぐ様にその場から立ち去った。プリンセスの遠のいていく背を男は何を思っているのか粛々とした姿勢で見送っていた。



▽△▽



路地を抜けると、雨が先ほどよりも速度を上げ、地を打っていた。そして男の言葉通り端っこの方で傘をさしたりさしていなっかたりと、数人の子供たちが何かを取り囲んでいた。プリンセスは急かされる様に子供たちに近づいた。そして、囲いの中心を覗き込むとそこには身を丸めて縮こまるフォッコがいたのだ。

「フォッコ!」

プリンセスが込み上げる気持ちと共に名を呼ぶと、フォッコは顔を上げ、垂れていた耳も上げて応える様に鳴いて、プリンセスの腕の中へと飛んだ。少し冷えた体を温める様にしっかりと抱き寄せるプリンセス。瞳は潤いを増していた。

「お姉さんのポケモンだったんだね〜良かったね!ご主人様に会えて」

フォッコを取り囲んでいた子供たちがプリンセスとフォッコの気持ちに共感する様に、くしゃっとした笑みを浮かべた。どうやら子供たちは、怯えて縮こまるフォッコに雨が当たらない様に傘をさしてあげていた様だった。プリンセスは本当に心の底から込み上がるぐらいの感謝を伝えた。

そしてプリンセスは、雨に濡れてはいけない、とフォッコをモンスターボールに戻し、すっかり雨模様になってしまったミアレの街を駆けた。


▽△▽


 プラターヌは額に皺を寄せ、不安気に淀んだ空を研究所の玄関から見上げていた。その手には大きめのと小さめのタオル持っている。

雨が降る少し前の出来事だ。研究所に一人の女性が訪問した、その女性は少々焦っている様子で、プラターヌが話を聞くと、どうやら先程プリンセスと共にいたらしく、ところが自分のポケモンのホルードの悲鳴によってフォッコが怯えて逃げてしまい、それをプリンセスが独り捜している…との事だった。

雨は次第に大粒に激しくなっていく。プラターヌはプリンセスとフォッコが無事に帰ってくる事を祈りながら研究で待つ。研究所前のストリートを人が通るたびにプラターヌはプリンセスではないか、と目を凝らしていた。そんな事を繰り返していると、左の方から鉄柵越しに傘を差さず走る人影が目に留まった。その影は研究所の門を抜けてポシェットを大事そうに腕に抱えていた。

「プリンセス!」

プラターヌが名を呼ぶと、プリンセスは下げていた顔を上げた。屋根のある玄関前に入るなり、プラターヌは、酷く雨に濡れるプリンセスを手に持っていたタオルで包み込んだ。そして優しくプリンセスの髪を、もう一枚のタオルで拭いた。

「博士!どうして玄関前に!風邪引きますよ!」
「君の方が、その可能性が高いと思うんだが…」

タオルの間から顔を出し、プラターヌを見上げるプリンセス。プラターヌはプリンセスの言葉に困った様に笑みを浮かべた。

そして二人は研究所内に入り、プリンセスはプラターヌから急かされるようにお風呂に入るよう指示された。その時のプラターヌの顔はとても真剣で、プリンセスは圧される様に、ポシェットをプラターヌへと託し、バスルームへと向かった。


▽△▽



お風呂から上がり、リビングルームへ向かうと、そこはプリンセスを気遣ってか、とても空調が温かく、テーブルには淹れたての温かいココアも用意されていた。

「君のおかげか、カバンの中のものは一切濡れていなかったよ。」

ソファに腰かけて甘いココアに心をほかほかさせていると、前のソファに座るプラターヌが目尻を下げ困った様に微笑んだ。

「良かった…」

手に持つカップの中身を安堵の表情で見つめるプリンセス。

「大変だった様だね…君が帰ってくる少し前に一人の女性が来たんだ。」

プラターヌの言葉にハッと目を見開き、プラターヌにそれを向けるプリンセス。その顔は次第に曇っていく。するとプラターヌは微かに口元を緩めた。

「プリンセスが悪いわけじゃない。自分を責めないでくれ。」
「…でも、私の注意不足で…」
「そんな事はない。誰も予想できない事だ。」

自分を責める様に唇を噛み締め、視線を落とすプリンセスにプラターヌは自身の手に持っていたカップを机に置き、プリンセスの座るソファの横、プリンセスの前に膝を曲げ、プリンセスの顔を覗き込んだ。その表情は一切穢れのない、とても柔和なものだった。

「フォッコを連れて無事に帰って来てくれた。」

プラターヌの優しく、真っ直ぐな瞳がプリンセスの瞳を捉えている。

「君は優しすぎるから…自分の事は二の次で、僕は少し心配になってしまうよ。」

プリンセスは瞳を大きく見開いた。その目は僅かに潤いを増している。そしてプラターヌは困った様に笑みを浮かべたのだが、すぐに真剣な眼差しでプリンセスの瞳を見つめた。プラターヌの瞳は不思議だった、見ているだけで心を包み込まれるような温かい錯覚に襲われるものだ。そしてプラターヌの手までも、プリンセスの手を包み込む。

「プリンセス、君がこの研究所に来てくれて本当に良かった…ありがとう。」

元々、刺々しさが一切なく下げられた目尻を更に下げ顔を綻ばせるプラターヌのその言葉と温かい大きな手の温もりにプリンセスは自然と涙が頬を伝った。