朝一番


小窓から見えるミアレシティの街並みを無関心に眺めるプリンセス。街灯の光は街の中心にあるタワーの輝きに埋め尽くされてしまって、とても虚しい。プラターヌから使っても良いと案内された部屋は十分な程に完備が良く、少々使用しにくい面を感じた。

「今日は、なんだか疲れちゃったな…」

ぽつりと侘しさの感じられる空間に言葉を溢す。プリンセスは重い瞼を閉じた。

「おはようございます」
「あ〜プリンセスおはよう」

翌朝、ベッドの寝心地の良さもあり気持ちよく目覚める事の出来たプリンセスは、朝一番の声を上げた。そんなプリンセスに、片手にポット、もう片手にカップを持つプラターヌが少し眠た気に挨拶を返す。
ここの研究所は、本当に設備が良く、リビングもバスルームも管理されており、プラターヌはほとんど自宅に帰ることなく、もはやこの研究所に住みこんでいるようだ。

「プリンセス、庭で遊んでる子たちにご飯を準備して貰っても良いかい?」

プラターヌの言葉に、研究所内にある植物園の様な庭に目を向けるとジグザグマやマリル達が元気に走り回っていた。追いかけっこだろうか、朝から無邪気に駆けまわる子達にプリンセスは微笑ましく笑みを浮かべた。

「みんなー!おはよう、ご飯だよ」

ポケフーズを抱え、庭に出ればプリンセスの声に反応するように鳴き声を上げ、プリンセスの周りを囲い、瞳をキラキラとさせるジグザグマ達。

「はい、召し上がれ」

そう言ってポケフーズの入った容器を地に置けば、嬉しそうに食べ始め、プリンセスは、まるで子を見守る母の様に笑みを浮かべた。

リビングルームの戻ると、コーヒーの良い香りと、パンの焼けた甘い香りがし、テーブルを見るとそれらが並べられ朝食の準備が完了していた。

今日は何をしよう、と考えながらパンをかじっているとテーブルを挟んで前に座っているプラターヌが視界の中心に入った。

少し癖のある髪型。テレビを見るその横顔に、よく見るとモテる顔立ちだろうなとプリンセスは密かに心に思う。
すると、プラターヌはその視線に気づいたのかプリンセスに顔を向け、元々目尻は優しく下がっている方なのだが、それをさらに下げ笑みを浮かべた。

「僕の顔に何か付いてるかい?」

少し困った様に眉を下げ笑むプラターヌに、そんなに見過ぎてしまっていたか、とプリンセスは少々動揺する。

「いえ!ないです!‥ただ‥」
「ただ‥?」

言葉を詰まらすプリンセスに、コーヒーの入るカップを手に持ちプラターヌが問い詰める。

「プラターヌ博士、絶対モテるだろうなって」

プリンセスが、勢いに任せて言うとプラターヌは口に入れたコーヒーにむせた。

「大丈夫ですか!博士!」

慌ててテーブルに身を乗り出すプリンセスに大丈夫、大丈夫、と眉を下げ笑みを浮かべるプラターヌ。

「突然、なにを言い出すかと思ったらそんなこと」
「そこまで驚くとはおもいませんでした‥ごめんなさい‥」

口元をハンカチで拭いながら言うプラターヌにプリンセスは申し訳なさそうに頭を下げる。

「謝る事は、ないさ。」

気を取り直してコーヒーの入るカップを口に寄せるプラターヌ。

「だけど、こういう仕事をしていると、仕事中心になってしまって中々プライベートに時間を費やす事が出来ないよね。」

手に持つカップと共に視線を下ろしたプラターヌ。プリンセスは、その言葉が真っ直ぐ心に浸透してくるのを感じた。

「博士の言葉、よく分かります‥」

気持のこもった共感の声を上げるプリンセス。頭の中に、ふと、ワタルが浮かぶ。しかし、別にその彼は恋人でもなかった、では自分にとって彼は一体どういつ存在だったのか。

某と何か考える様に視線を一点に向けるプリンセスにプラターヌは口を開く。

「プリンセスも、僕が思うにモテそうだけどなあ」

口元に笑みを浮かべ、しれっと口にするプラターヌに、プリンセスは、ええ、と思わず変な声が出てしまった。

「だって、可愛らしいじゃないか。」

そして更に、言葉を投げかけるプラターヌに、プリンセスは上手く、その豪速球を捉えることが出来ず、ただ黙ってプラターヌを見つめるだけだった。

「可愛い子には、旅をさせろっていうのはこういう事か‥」

1人楽しそうに言うプラターヌにプリンセスは、何だか可愛らしく見えてきて、誤魔化す様にカップを口元に寄せた。コーヒーは既に冷めてしまっていたが、まるでその冷たさはプリンセスの上がった体温を下げる様だった。