美しい貴方


「晋助様‥お食事の準備が整いました‥」

襖を挟んで、私は声を上げる。晋助様のお世話係りとして勤めているのだが、毎回こうやって一声を発する時は何故だか緊張する。返事がなかなかしないので、少し顔を曇らせ、もう一度言うべきかともたもたしていると突然襖が開かれた。

「!‥晋助様!」

私の目に映ったのは胸元がはだけていて、しっかりと引き締まった男らしい胸。それを目にして徐々に顔に熱を感じ、抑える為に視線を彼方此方に忙しなく動かす。しかし、目に映るのは、刺激的な色合いのきっと彼にしか似合わない様な女物の着物、スラーっと伸びる手に持つキセル、少し丈の短い着物から覗かす脚。全てが私の身体を熱くさせる。

「‥入れ」

「‥え」

頭上から掛けられた声に思わずアホみたいにとぼけた様な言葉が溢れ、視線を上げるとすでに貴方は、夜の月がよく見える外窓の縁側に座りキセルを蒸していた。

恐る恐る部屋の中へと足を踏み入れる。特に口を交わすこともなくただ黙ってその場に立ったまま貴方を見ると、何だか立ちっぱなしだと自分の方が頭が高くて失礼ではないかと思い、音を立てずに静かに座り込む。夏の夜の静けさが、この2人のいる部屋を包み込む。何だか居心地が良い。寝るつもりはないが目を瞑って体感を強める。

ふと、自分が何故ここに来たのかその理由を思い出した。

「あの!晋助様‥?お食事の準備が‥」


慌てた様に口早に言いかけた瞬間、それまで静かだった空間に大きな心臓を震わせる音と共に暗い空にいくつかの光の花が輝いた。花火だ。心臓を鼓舞する音、その儚い散りゆく花、しかしまたあがる花に心が奪われたかの様に口を閉ざし目視してしまう。

「‥綺麗」

思わず口にしてしまった。仕事とは関係ないことを口にしてしまったことにハッと口元を抑える。すると、貴方様は私に顔を向け、花火を背景にキセルを一服し艶かしい笑みを浮かべ、そしてまた花火の方に目を向ける。

「‥本当に綺麗‥」

次は花火の美しさに口にしたものではない。花火を背景にいる貴方様の姿に思わず溢れてしまった声。

そういえば、この方に出逢った日もこんな風に花火が打ち上げられていた。浪人に追われ、逃げていた時。捕まってしまい、死ぬ覚悟でいた。しかしそこに貴方が現れて助けられた。

その時もこうやって花火の音が心臓を圧迫していた。いや、花火じゃなくて貴方が原因でもあったかもしれない。だって花火の儚く散る光りを背景に返り血を浴びた貴方様が、凄く、美しく見えたの。

昔の記憶に浸っていたことに気づきハッと気を取り直し、ちらりと目を向ける。

貴方の後を追う様な形でも良い、いつまでもこうやって様々な貴方を引き立てる景色を観ていたいと思った。