肩に触れる手


いつもの様に、まだ日が昇らない時間に真選組屯所へ向かう、そこが私の仕事場だ。来て早々、時間にも余裕が無くキリキリと朝食の準備をする。

私は真選組の専属、女中をしている。仕事内容は、朝・昼・晩の炊事ぐらいで、また昼に関しては本当にごくたまにでメインは朝と夜だ。本来の仕事内容で含まれる掃除や洗濯は一切していない。なぜなら、真選組の方々がその様な部分は、気持ちを引き締める為なのかやらなければならないらしい。

焼き魚の匂い、グツグツと煮る音。包丁がまな板を一定のリズムで叩く音。全てを素早くテキパキとこなす。

最後に、鍋に入る味噌汁を掬い味見をする。

「良し」

小さく言葉をこぼしひとり笑みを浮かべお椀に注ぎ、それを後ろの卓に置いてあるおぼんに置こうと後ろを向くと炊事場の入り口に土方さんが突っ伏していた。その姿にドキッと少し胸が鳴る。

「‥あっ、土方さんおはようございます!」

「ああ‥おはよう。いつもご苦労、プリンセス。」

そう言って私の元へ近づき、卓に置かれる品々を見る土方さん。その顔はどこか穏やかで見惚れてしまう。

「今日も美味そうな飯だ」
「いつも褒めていただきありがとうございます」

「けど、土方さんなんでもマヨネーズかけちゃうんだよね」と思いながらも、毎朝誰よりも早く来てそう言ってくれる所が素敵。

「おはようございます!副長!」
「‥おう、お前ら遅ェんだよ、早く飯並べろ」
「はい!」

食事の配膳係の新人の子達に指示する姿は少し冷たく、やはり鬼の副長と呼ばれるだけあるなあと思う。

「おはよう、毎朝早くご苦労様」
「い、いいえ!プリンセスさんこそ毎朝ご苦労様です!」

元気で規律正しい子だなと思いながら微笑ましく笑みを浮かべているとふと、土方さんの方に目を向けると此方を見ていて、目が合い、ハッと晒してしまった。自身の顔に熱が増してく。

「あ、そういえば、食材がもう無くなってしまいそうなので今日買い出しに行きたいのですが‥」
「ああ、わかった。山崎に言っておく。」

週に一回程のペースで私は食材を買いに行くのだが、その荷物を持つ係として山崎さんを同伴させている。

「じゃあ、また昼に。」
「はい。お昼に、また。‥今日も1日頑張ってください!」

またお昼に会えるけど、2人でこうやって会話するのが名残惜しくて、粘る様にそう声を掛けた。

「ああ、ありがとうな。」

土方さんのキリッとした表情が和み、口元を微かに上げ笑むその顔に、またもやドキッと胸が鳴る。

いつからこんなに土方さんを好きになったのか。考えると、やはり毎朝こうやって一番に来て挨拶もしてくれてご飯も褒めてくれる所に自然と心が惹かれてしまったんだと思う。後は、真選組の人達にはあまり見せない優しい笑顔に。


「あれ、えっと、山崎さんじゃなくて土方さんが荷物係‥ってことですか?」

昼になり、また真選組屯所へ向かったのだが今日は昼食は作る必要が無い日で食材の買い出しに行く予定だったのだが、その荷物係がまさかの土方さんだった。

「ああ、山崎は張り込み先で怪しい動きがあったらしくてな、生憎、その場を離れられねェ」

他の方々も見回りに行ってしまったりと色々忙しく動いてるらしく結果土方さんしかこの時間空きがある人がいなかった様だ。

肩を並べ、土方さんと歩いたことなどない。新鮮な感覚に少しにやけてしまう。たまに触れてしまう肩がやけに暑い。たわいの無い話をしながら歩いていると、ぽつりと水が頭に降って来た。

「土方さん、雨、降ってません?」
「‥そうか?確かに、空が怪しいな」

空を見上げる鋭い瞳とその横顔に見惚れる。次第にぽつりと地を打つ音が加速していき、雨は本降りとなった。

突然降って来た雨。私と土方さんは走って雨宿りのできる屋根の下まで来た。空を見上げれば、先ほどよりも降って来た。

「雨‥止みますかね‥」
「どうだろうな、強くなってきたな」
「‥わっ」

突然強くなった雨のせいで、プリンセスの方の地面に強く雨が打ち付ける。

「多分、こっちの方が濡れにくいだろ」

そう言って、私を自身の方に引き寄せ、場所を入れ替えようとする土方さんの手が肩に触れる。距離がすごく近い。見上げればすぐ近くに土方さんの顔がある。胸の鼓動が加速する。

「このままが‥良いです。」
「‥‥そうか。」

思わず、口にしてしまった。私は顔を上げ土方さんに目を向けると目が合った。髪から滴る水が、妙に土方さんの色気を際立たせる。

「なんか、ついてるか?」
「‥あっ、いいえ!なにも!」

あまりにも長い間凝視してしまったのか土方さんが少し照れ隠しながら、突然聞いて来たものだから少し動揺してしまった。

雨はまだ止まない。しかし、このまま止まなくても良いと思った。だってこんな近くに寄り添える事なんて絶対にないことだから。それに、土方さんの胸は、やはり鍛えられてるだけあって女の私とは違ってたくましくて、でも何処か優しい。

「このまま、止まなくても良いなあ‥」

思わず、心の声が溢れてしまった。すごく恥ずかしくて顔を上げることが出来ずただ雨の動きを眺める。

すると、肩に触れている手がさらに強く引かれ、遂には土方さんに抱き寄せられる形になった。

私の目に映るのは、もう土方さんの胸元で、顔を上げれば触れてしまうのではないかと思うぐらい近くに土方さんの顔がある。

「プリンセス。」

低く、少しハスキーのかかった声が頭上から私の名前を呼ぶ。心がキューッと締め付けられる様な感覚がする。少し躊躇い気味に、顔を上げると、土方さんの真剣な眼差しが私の瞳に注がれる。晒すことが出来ない。

「‥俺も同じことを思った。」

土方さんがそう口にした瞬間さらに、雨が地を打つ音が強くなった気がした。