青い澄んだ目


人はね、必要な時に必要なタイミングで必要な人に出会う。
まさにあの時、貴方に出逢った事がとてもこの言葉が当てはまると思ったの。

強さが全て。それが私達、夜兎の宿命みたいなものだった。だから、この星では当たり前に死骸が転がってたし、争いも絶えなかった。だって生きていくためには強くなくてはならないから。

「痛っ‥ハァ‥最悪‥」

脇腹からダラダラ垂れ始めている血。私は、ついさっき男たち2人に襲われかけて、その時噛み付いたら見事に相手の血を騒がせてしまった。

「殺してやるこの女っ!」
「大人しく、俺らにヤられてれば良かったのにな」

そう言って戦闘モードになり、私はこのまま2人相手には勝てないと思って逃げた。逃げ足だけは絶対誰にも負けない自身があったから。

幼い頃に両親兄弟全てを失って、天涯孤独の身となった私は1人で這いつくばって生きて来たんだ。人様に迷惑をかける行為だってしたし、自分の身を犠牲にする事だってした。

1人路地裏でボーッと雫がポツポツ落ちる音を眺めていたら、誰かが近づいてくる音が聞こえた。

変に絡まれても面倒臭い。そう思い目を瞑り俯くが、こんなの日常茶飯事だから誰も皆無視するかと頭を過るがこちらの方が気持ちが落ち着く。相手にも、あまり目立つ事なく、心境的にも刺激を軽減させられるかと思った。

近づいてくる足音。その足音は、その人を示すようで、軽やかで、やんちゃな、そして手には追えないような狂気さが伝わってくる。

すると、その足音は確実に私の目の前で止まった。俯いたまま、ただ視線を感じる。

「ねェ、君。虫の息みたいに呼吸が浅いねっ。」

話しかけられた。無視しよう。

「さっき、2人の男が、女を探してるって走り回ってたんだっ、結構痛手を追ってたかなっ、ねェ、君のこと?君がやったの?」

随分と明るい口調で言うものだから、つい顔を上げてしまった。私の目に映ったのは、ピンクの髪の毛に青い目、その目は妙に澄んでいた。美しい青年だと思った。

「そうよ。多分、私の事。‥そんに怒らせちゃったかな‥逃げなきゃ」

そう言って少し困ったように笑み立ち上がろうとすると、青年は言った。

「大丈夫‥オレが、やっちゃったから」
「‥え」

もう一度、青年の顔を見ると、私は背筋が凍った。彼は、笑顔を貼り付けたまま右腕を真っ赤に染めている手をペロッと舐めたから。

一気に立つ気力さえ失われた。

「オレは弱い奴は嫌いなんだ。‥例え女でもねっ‥君ももう時期に死ぬだろうし‥」

「残念だな」と少し上目遣い気味に私を憐れむ様な表情で見上げる青年。「弱い女」貴方に私の何がわかるのよ。私は、目の前の青い澄んだ目に鋭い視線を送る。すると、狂気に満ちた表情から怖いくらいの笑みを浮かべ立ち去ろうとする青年に私は少しイラっとした。

「誰が弱いって?ハァ‥ハァ‥こっちは、こんな虫みたいな息になっても図太く今も、まだ、生きてるのよ。これからだって‥」

青年の腕を力一杯掴み、眼差しを向けると、笑顔を貼り付ける表情は変えずこちらに目を向ける青年。どちらも負けじと見つめ合う。

腕を上げて掴むのが疲れた。私は、先程から出血のある箇所を上げていた手で触れる。ドロリとベッタリ着く血、少し目眩がする。
もしかして、自分はここで死んでしまうのかしら。ふう、と息を吐くと勢い良く咳き込み、その勢いで血が飛び散る。

再び、青年はしゃがみ込み苦しく息を吐く私の顔を覗き込んだ。

「死ぬの?」
「死なない、死なないわ。」

薄れていく視野の中で青年の青い澄んだ瞳を見つめる。

「君、名前は?」
「‥今更ね、プリンセスよ。‥貴方の名前も知りたいわ。」

目を瞑り、息を大きく吸い込みもう一度目を開け、その青い目を見る。

「神威、神威だっ」
「そう‥ハァ‥神威。」

もう自分の声が聞こえにくくなって来た。

「プリンセス、君はまだ生きたいの?」
「‥当たり前でしょ。」
「なぜ?」
「なぜって‥」

また血が喉元まで込み上がって来て言葉を詰まらせる。しかしすぐに答えは浮かんだ。

「あんな、雑魚みたいな連中にやられて死んでも、死んだ気にならない。‥私の人生は、そんな甘く出来てないの。」

そう言い切ると、神威は裂けるくらい大きく口を開き大爆笑した。そして、私を易々と持ち上げた。

「ちょっと、何‥」
「助ける。‥そして、オレがプリンセスを殺してあげる」

「何言ってるんだ」と思いながらもその台詞が恐ろしくて、面白くて微かに笑う。大いに笑うことは出来ない、痛みが酷すぎるから。

「それは、面白いね。‥でも私、図太いから。」
「うん、そっちの方が面白いから良い。」

路地には、虫の息の血だらけの女と、それを担ぐ笑顔を貼り付けた男の不気味な笑い声で響いた。