護るべきもの 伍



長い夢を見ていた。

目に映る景色は空にまで届きそうな程の高い建物が幾つもそびえ立ち、多くの車や人が行き交う、見慣れた街だった。

かつて自分がいた世界なのか、また別の場所なのか。

視線を右往左往に動かすと、流れるような人波の中で、実弥に似た姿の人物を見つけた。

彼だけじゃない。

視線を動かせば、見覚えのある、ただ少しだけ違うような姿がたくさん目に入った。

ここは、夢の世界なのかと思った。

違う時代に、違う姿で、でもそこに自然と溶け込んだ皆を見て、胸が熱くなった。

例え夢だとしても、そんな未来が待っていると思えただけで幸せな気持ちになった。

刀を腰に差し血を流すような未来は、見たくない。

そんな時、声が聞こえた。

どこからともなく届いた声は、心に直接語りかけるように、その声に何度も名前を呼ばれた。

帰らなきゃ。早く帰らなきゃ。

何処になのか分からないが、強くそう思い駆け出していた。







ゆき乃が目覚めて数日が経った。

実弥は任務の合間に毎日蝶屋敷へと足を運び、ゆき乃を見舞った。

義勇やしのぶもゆき乃の回復を喜び、後遺症も何もなく安堵していた。

リンゴをナイフで器用に剥きながら、実弥はゆき乃の話を聞いていた。他愛もない話だったが、そんな会話が出来る幸せを二人して噛み締めていたのだ。



「オイオイ、んな慌てて食うなァ!」

「だってお腹空いちゃって」

「胡蝶に言われてんだろォが、胃腸が回復するまで詰め込みすぎんなって」

「はぁい」



ベッドに座りながらリンゴを頬張るゆき乃の髪が口に入っている。

それを指で掬い髪を指で弄びながら、「伸びたなァ」と実弥が呟くように言った。



「こっちに来てから一度も切ってないから」

「今度、整えてやるよ」

「できるの?!そんな事」

「任せろォ……あとゆき乃、これ」



少しの間の後に、実弥は羽織の懐から取り出した包みをゆき乃に手渡した。

不思議に思ったゆき乃がそれをゆっくりと開く。

綺麗な翠色の簪(かんざし)が、ゆき乃の掌の中で輝いていた。



「綺麗……これ、わたしに?」

「その、なんだ…ゆき乃に似合うと思ってなァ。いらねぇなら、」

「嬉しいっ!大事にする!ありがとう実弥さん!」

「ちょっと貸せぇ」



ゆき乃の手からそれを取ると、立ち上がった実弥はゆき乃の髪を軽く纏め、柔らかな髪に優しく刺した。

嬉しそうに笑うゆき乃に、胸が締め付けられる。

だがそれは苦しい締付けではなく、心をくすぐるようなとても幸せな気持ちにさせてくれる締め付けだった。

ゆき乃と出会って初めて経験するものだった。

目を細めて笑うゆき乃の両頬に手を添え、その薄い桃色をした唇を優しく塞ぐ。

日に日に抑えられなくなる欲に、熱が帯びていくのが分かった。

深い口付けへと実弥の舌が動いた瞬間、動いた気配に目を見開いたが、少しばかり遅かった。



「あら、どうぞ続けてください。私のことはお気になさらず……あら?どうしたのですか、お二人とも顔が真っ赤ですけど」

「胡蝶ォォォォ…」

「なぜ怒るのですか?ここは病室で私の屋敷でもありますし、そこで不死川さんがまだ万全ではないゆき乃さんを押し倒す勢いだった、」

「もう黙れェェ!俺が悪かった、これでいいだろォがァ!」

「分かっていただけたなら良かったです」



笑いながら両手を合わせたしのぶ。

恥ずかしさからかゆき乃が下を向いていると、ゆき乃の名を呼んだしのぶが、「お話しがあります」と先程よりも真剣な声を彼女に向けた。

しのぶはゆき乃と、それから実弥に視線を送ると、一度目を閉じてから深く呼吸をし、また二人を見据えた。



「ゆき乃さんが鬼に襲われた理由についてお話しします」



信じられない、あり得ないと思う話をしのぶに聞かされた二人は息を呑み、速まる鼓動を抑えようと、どちらとも無くお互いの手を握った。

それは後に、耀哉及び鬼殺隊柱に共有される事実となるのだった。

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