ここで、煉獄がハルと初めて深く会話をした日の話をしよう。

テスト問題を作るために残業をしていた日、偶然にもハルも同じく、溜まっていた経費書類の整理で職員室に残っていた。丁度、事務員の一人が急に辞めてすぐの事で、ベテランの事務員はパートの為、ハルが残って仕事をしていたのだった。



「よもやよもや!」



突然叫んだ煉獄に、ハルがビクリと肩を鳴らす。

先程まで数人いた先生の姿はなく、職員室には煉獄とハルしかおらず、彼女の席から少し離れた場所に座っている煉獄が、頭を抱えている背中が彼女の目に映った。

どうかしたんだろうか。

何やらパソコンを前にブツブツと声が聞こえ、気になるったハルは席を立って煉獄の側に寄った。



「煉獄先生、どうかされましたか?」

「あぁハル先生か!それが、急に画面が固まってしまって途方に暮れていたのだ。どうも機械が苦手でな…よもやよもやだ!」

「ちょっとお借りできますか?」



煉獄が座る斜め後ろから、彼女の体がグッと近くに入ってきて伸びてきた手が先程まで煉獄が使っていたマウスに触れた。

それだけでは終わらず、左手を伸ばしキーボードも弄りながら、真っ直ぐパソコン画面を見ているハルを、煉獄は至近距離からジッと見つめていた。

初めて、まじまじと彼女を見た。

普段は眼鏡をかけている真正面からしか見ていなかったが、横からみる彼女にもまた違った印象を受けた。距離が近いというのもあるかもしれない。微かに香るシャンプーの匂いが、煉獄の鼻をかすめた。



「直りましたよ、煉獄せんせ……わ、すみません!」



煉獄へと顔を向けたハルは、その時初めて自分をジッと見ていた煉獄に気づき、またその距離がキスが出来そうな程近かったことに気がついた。

中腰の体勢から急に動いたせいで崩れた体を、煉獄が咄嗟に抱き留める。

あまり男に慣れていないハルは、煉獄の筋肉質な体に触れて体が固まってしまい、煉獄は煉獄で、思わず抱き留めた体が余りにも柔らかくて思考が少し停止した。

宇髄天元がその場にいたら、間違いなく爆笑していただろう光景だった。



「ご、ごめんなさい!距離感見失ってました!」

「謝ることではない!大丈夫だったか?」

「はい!……では、私はこれで」



お互いに心臓を激しく鳴らしていたが、当然ながら相手の音など聞こえない。むしろ二人とも自分の事で精一杯という感じだ。

急いで自席に戻ったハルは、まだドキドキしながらも仕事に取り掛かる。

対して煉獄も仕事を始めるが、ハルの存在が気になって背中側が熱くなっていくのを感じた。

次第に、テスト問題に集中し始めた煉獄がふと時計を見ると九時を回っていた。その時に警備員が見回りにきて、「もうすぐ閉めます!気をつけてください、二人とも」と煉獄に声をかけて、ハッとした。

もうすでに帰っていたと思ったハルがまだそこに居たのだ。

煉獄に視線を向けた彼女は、眉を下げて少し笑った。



「すみません、声を掛けようかと迷ったのですが集中されていたようだったので……もしまたパソコンに不具合が起きたらと気になってしまって」

「なんと!そんな事で待ってくれていたのか!それなら明日に回して帰ったのに。こちらこそ気づかなくて申し訳ない!家まで送ろう!」

「えっ!いえ、そんな…大丈夫です、一人で帰れますので」

「いや、こんな時間に女性を一人で帰すなんて言語道断!送らせてくれ!」



煉獄に押し負けて、ハルは彼に家の近くまで送ってもらうことにした。

彼に負担を掛ける予定ではなかったのに、とハルは申し訳なく思っていたが、帰り道に煉獄が色々と話しかけてくれたお蔭で、笑顔が零れていた。

こんな風に送ってくれる煉獄を、とても紳士的だと思った。

道を歩く時に車道を避けてくれた。夕飯を食べてないから食事にでもと思ったが夜も遅いからと、そんな気遣いまでしてくれていた。



「今日は本当に感謝する!気遣いがとても嬉しかった。ありがとう、ハル先生。今度ぜひお礼をさせて欲しい」

「ではまた、残業があったら今度こそ食事にでも」

「そうだな!」

「送ってもらって、ありがとうございます。おやすみなさい、煉獄先生」



その場の流れで、また食事にでもと約束をして別れた。ハルはたぶん社交辞令だろうと思いながらも、別れるのが少し名残惜しいとさえ思った。遅くまで待っていて、良かったと。







この時、煉獄はハルに恋をしたのだ。

食事も社交辞令なんかではなく、本当に誘うつもりでいたが、仕事が忙しく残業の時間も合わず、また煉獄は週末家の道場の手伝いもあったりしてなかなか誘えないでいた。

日々、ハルに声をかけ少しばかりの会話しか出来ていない。それも嬉しいと思っていたが、やはりもっと彼女のことを知りたいと想いが強くなっていた。

彼女がお昼休みに弁当を持って食堂へ行くことを知っていた煉獄は、急いで後を追い、食堂の隅に座っている彼女に声をかけた。

生徒の昼食時間とは少し違うため、食堂に人は殆どいない。



「煉獄先生、どうしました?」

「ハル先生!食事に誘いたいんだが、予定は空いてるだろうか?」

「え?!あれ、本当だったんですか?」

「もちろんだ!社交辞令など言うものか!俺はハル先生と食事に行きたい…今日はどうだろうか?」



ハルは驚いて、それから少し下を向いて考えていた。

実のところ、煉獄からの誘いに嬉しいと思っていたがまさかの今日で、服装も至って普通の格好だっただめ、もう少し小綺麗にしておけばと悔やんでいたのだ。

そうと知らない煉獄は、都合が悪かったのか、それとも自分との食事が嫌なのかと思い、「嫌なら構わず言ってくれていいぞ」と彼女に向けて笑った。

それが心からの笑顔でないことは、ハルにも分かっていた。そんな顔をして欲しいわけじゃない。



「今日は残業ありません。私も煉獄先生と、食事に行きたいです」

「そうか!それは良かった!」



いつも大きな目を見開いてる煉獄が目を細めて笑う。

外からの光が、その笑顔と煉獄の髪色に反射して、ハルにはとてもキラキラと輝いて見えた。




(もっと貴方を知りたい)

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