連絡先を交換し、週末に約束をした二人。

着ていく服装やヘアメイクを悩みに悩んでいたゆき乃は、なかなか眠れず、少し寝不足のまま当日を迎えた。

似合っていると言われた服とはまた別の、胸元が強調されているトップスにふわりと広がるスカートを着て、待ち合わせ場所へ時間前に着くように向かった。

彼より先に着いて待っていたかったのだ。

だが、待ち合わせ場所に実弥の姿が見え、ゆき乃は急いで彼に駆け寄った。



「実弥先生!早かったですね!わたし時間まちがえたかな…」

「今着いたとこだァ!そんな走んなくても逃げねェよ」

「あ、はい…」

「それと、今日はその先生っつーの止めねェか?なんか悪いことしてる気分になるしよォ。二人の時は敬語もいらねぇ」

「え!それって、」

「じゃあ行くかァ……ゆき乃」



ゆき乃の心臓がギュンと締まった音がした。

まず、待ち合わせ場所に立っていた実弥の格好に目が奪われ、それだけでもドキドキと胸が鳴っていた彼女だが、次から次へと繰り出される彼の胸キュンな台詞に、もう言葉がうまく出てこない。

普段は襟のあるシャツを着ている実弥は、Vネックのインナーにジャケットという格好で、襟元がないせいか、鎖骨やら胸筋が目立って見えて、目のやり場に困った。

痴女か!と頬を熱くさせていたゆき乃が手で押さえてると、「どうしたァ」と前を歩いていた実弥が振り返って顔を覗き込む。これじゃあ、映画館までもたない。



「実弥先生の格好がその、カッコよくて…見惚れちゃいました!」

「そ、ぉかよ…」

「あ……実弥」



ボンッと音が鳴ったみたいに実弥の顔が赤くなる。

ゆき乃が来てから、緊張を隠すようについ駆け足で話をしていた実弥だったが、ここへ来て、彼女のストレートな言葉に彼の胸に何かが刺さった。

咄嗟に前を向いて顔を隠した実弥だが、耳まで赤く、その反応は隠しようがない。

対するゆき乃も、呼んだはいいが彼女になった気分になってしまい、もう首まで真っ赤だ。

ゆき乃の服も似合ってる、とボソッ実弥が呟けば、彼女の顔は見事に綻んでいった。







映画は、もうすぐ上映期間の終わる恋愛映画だった。

二人で連絡を取り合いながら決めたのだが、よく考えたらゆき乃自身が、映画を見るなら恋愛物だと最初に言ったからこれを見ることになったような気がすると、オープニングが始まってからふと思った。

ポップコーンと飲み物を間に挟んで座る。

チラリとゆき乃が横を向けば、スクリーンの光に照らされる実弥の横顔が見えて、ドキリと胸がなった。

上映期間が終わりとあって、見ている人も疎らだ。

敢えてそれを選んだ実弥だったので、自分達が座る席の列に誰もいないことで、気持ちが前向きになれた。

そんな事など知らないゆき乃は、次第に恋愛映画に没頭していく。

主人公達の雰囲気が甘くなって行くにつれ気持ちが高鳴り、それが自分のと重なり、少しばかり体が熱くなる。

ポップコーンに手を伸ばそうとして止まったままの右手に、ピクっと何かが触れ、視線を右に傾けると、スクリーンではなく真っ直ぐに自分を見ていた実弥と目が合った。



「さね、」



思わず声が出そうになった彼女に、シーっと人差し指を立てて口元に持ってくる実弥は、そのままゆき乃の右手の上に自分の手を重ねて軽く握った。

脳内パニックのゆき乃は、もう映画の内容が頭に入って来ない。

もうこれは、そういう事なんじゃないだろうか。いくら何でも気持ちないのに手なんて繋がない。

手から徐々に熱くなっていく体。だけど、顔が赤いのは暗転のおかげで隠せているので安心した。ゆき乃の顔は真っ赤だった。

横を見る余裕がないゆき乃だったが、実弥も彼女同様に真っ赤になりながらも、彼女のことをチラチラ見つつ、その手を離さなかった。

この二人にあと必要なのは言葉だけ。

恋人ではないなら何なのだろうという甘い雰囲気は、恋愛映画さながらだっただろう。



エンドロールが終わって明かりが付くと、「行くかァ」と実弥がポップコーンを手に持ったので自然と手が離れてしまう。

名残惜しいとは思いながらも、手汗も緊張も凄かったので少しホッとしたゆき乃は、外に出たあとに御手洗に向かった。

彼と離れても尚、ドキドキと心臓が痛い。

上映中の実弥の姿や温もりを思い出して顔を緩めながらも、しっかりとヘアメイクを直して意気揚々と実弥の待つ外へ出たゆき乃は、もう少し早く出ていたらと、後悔する事になる。



御手洗を出て、実弥の姿を探したゆき乃は、先程とは違う場所で彼の姿を見つけて駆け寄ろうと数歩前に出た。

でも、その奥に見えた人物を見て足が動かなくなる。



「あらあら〜!偶然ね、不死川くん」



そう彼の事を可愛らしい声で呼ぶのは、同じ学園で働く生物教師の胡蝶カナエだった。

清楚な服装が良く似合う。前から二人が学校でもよく話してる姿を見たことがあったゆき乃は、その時から抱えていたモヤモヤを…最近は忘れていたその気持ちを思い出して、思わずその場から逃げた。

デートをしているのだから、普通に駆け寄っても良かった。偶然居合わせて声を掛けただけかもしれない。だけど、彼女は二人の所に駆け寄る勇気がなかったのだ。

先程の幸せが、まるで嘘だったかのよう。


"用事が出来たので先に帰ります"


実弥にそうメッセージを送った後、ゆき乃は携帯の電源を切って家に帰った。

足は、鉛を付けて歩いてるみたいに重く、目に映る景色は水を落としたかのように全ての色が滲んでいた。




(幸せの足音が遠のいていく)

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