暫く見つめ合っていた二人。先に動いたのは、実弥だった。

ゆき乃の側に寄り落ちたペットボトルを拾うと、そのまま彼女の手を強く握りしめた。

まるで膝を着いているようなその格好にゆき乃は胸を鳴らしながら、表情が見えない実弥の髪を眺めるしかなかった。

溜め息と共に聞こえた「ごめん…」という言葉に、それはどういう意味なのかとチクリと胸が痛む。

映画に行ったこと後悔しているのだろうか。それを謝りに来たのだろうか。それならもう、来なくていい。

そう思うのに、実弥がこうして会いに来てくれたことを嬉しいと思っている自分がいて、ゆき乃はどうしたらいいのか分からず何も答えられなかった。



「……好きだ」



屈んだまま聞こえた実弥の言葉に、ゆき乃は変な声が出た。

胡蝶との事を勘違いしてる彼女の誤解を解くのが先なのかとも思ったが、まず自分の気持ちを伝えてないのに言い訳もクソもあるかと、自問自答していた実弥が思わず紡いだ言葉だった。

場所が保健室だろうが、そこに外野がいようが関係ない。もう、この手を離したくないと思ったのだ。



「俺が好きなのは、ゆき乃だ。頼むからそんな顔しないでくれ……ゆき乃しか見てねぇ」

「実弥先生…」

「胡蝶とは何でもねぇよ」



顔を上げた実弥からの告白に胸が踊るように嬉しいと思ったゆき乃だが、思い出したモヤモヤに眉を下げた。

何故知っているのか、と思ったが天元にしか伝えてないので、きっと彼だろうと察しはつく。

彼女でもなんでもない自分が何を言えばいいんだろうと言葉を噤んでいると、実弥が立ち上がり、眉を下げて「何でも言ってくれェ…」とゆき乃の手を強く握った。



「わたし、二人が付き合ってるとかじゃなくて…付き合ってなかったとしても不安なの。何で?って言われても分からないけどモヤモヤしちゃう。実弥先生が何でもないって言っても、まだ心の奥でまだ少し不安に思ってる……面倒くさい女でしょ」

「…ゆき乃の不安をどう取り除けばいいのかは正直分からねぇ。けど、不安だって言うなら、その都度言う。その……好きだって」



言葉にするのが苦手な実弥だったが、彼女がそれで安心するのならと、顔を赤くしながらも答えた。

それを分かっていたゆき乃は、彼の精一杯が嬉しくて、思わず彼の懐に抱きついた。

驚きながらも簡単に抱き留めてくれる実弥の胸板は厚く、その温もりはあたたかい。



「わたしも、好き……実弥が好きよ」



ゆき乃からの告白、しかも抱きつかれたままとなれば、実弥が固まるのも無理ない。

もっと触れたい、と背中に手を回し彼女の名前を囁けば、頬を赤くしたゆき乃と視線が絡まる。

自然と縮まっていく距離に、高鳴る胸。

だが、忘れてはいけない。ここが学校の保健室だということを。もうすぐ放課が終わることを。ここにもう一人…居るということを。



「胡蝶は悲鳴嶼先生と付き合ってるぞ」



途端に聞こえた声に、二人とも伏せていた目を開けビクッと肩を鳴らした。

完全に忘れられていた義勇は、どのタイミングで外に出ればいいか分からず、ずっとおはぎを食べながら様子を見ていたのだ。

ゆき乃が「え?!ホントに?」と食いつくと同時、折角のタイミングを逃された実弥が、ピクピクと青筋を立てながら「冨岡ァァァァ」と叫んだ。



「あと少し黙ってろよォ!そうすれば、」

「ゆき乃とキス、しそこなったな」

「なっ…!」

「ちょっ!義勇先生なんて事を!ていうか恥ずかしいから出てってくださいよ」



ゆき乃が顔を真っ赤にしながら、でも実弥から離れる事無く義勇に叫んだ。

義勇は、心外!勝手に始めたのは二人だろう、とでも言いたげに二人をジロッと見ながら立ち上がり、「二人のおはぎ残しておいたぞ」とよく分からない気遣いを見せて去っていった。

ハァと溜め息をついてしゃがみ込む実弥は、もう耳まで真っ赤だ。

そんな実弥に近づき、同じようにしゃがんで視線を合わせたゆき乃が彼の腕をツンと指で突く。



「…キス、しないの?」



ゆき乃の言葉に実弥の目が見開く。

言うじゃねェか、と呟き口許を緩めた実弥は、彼女の後頭部に手を回しその柔らかな唇を塞いだ。

同時に、放課の終わりを知らせるチャイムが鳴る。

それが鳴り終わるまで、二人は甘く蕩ける口付けを交わしていた。




(そのキスを止めないで)


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