10.運命を受け入れて
鬼の仕業かどうかを調査するために、とある里へと向かっていた。
その途中、近道をする為に森に入り、先を急ごうと走っていた時だった。
突然、声がした。
耳に聞こえるというよりも、脳に届くようなそんな感覚がする声に思わず足を止め周りを見渡した。
だけど周りは木々が茂っているだけで、誰も何もそこにはいない。
遠くを確認しようと、近くの木に登り見回したがやはり声の主はいなかった。
聞き間違いだろうか。
その時、確実に聞こえた…―――「むいくん」と呼ぶ声。
それが自分の名前だと分かっていた訳じゃないけど、間違いなく自分を呼んでいると確信していた。
何故だか分からないけど。
早く行かないと。
そう思った瞬間、足元がグラついて視界が反転した。
あの声は、誰だったんだろう。
◇
目を開けると、無一郎は道場で横になっている事に気がついて身体を起こした。
すぐ側にいた杏寿郎が「よもや!大丈夫か?」と冷えたタオルを無一郎に手渡した。
鍛錬として杏寿郎と手合わせをしていた無一郎だったが、気づいたら軽く気を失っており、目が覚めて事の事態を把握したのだ。
「珍しいな!時透が上の空なんて」
「うん……まさか隙を突かれるなんて。今の煉獄さんは柱でもないのに」
「ハハ!そうだな!鍛えれば呼吸もまたできるやもしれんな!」
「……夢を見た。というか、こっちに来る前の事を思い出したんだ」
「何か思い出したか?」
「声が聞こえたんだ。むいくんって呼ぶ声が。それで急に足場がなくなって木から落ちたような気がしたけど気づいたらゆき乃の部屋だった。そんな呼び方するの、ゆき乃しかいないのに。どういう事だろう」
「うむ……それは不可解だな。二人がまだ出逢う前であろう?なぜ声が聞こえたのか……ゆき乃の声に導かれたのだろうか」
「僕は、突然また戻っちゃうのかな。早く戻って鬼を倒さなきゃと思ってるけど……ゆき乃と離れてしまうことを考えたら、なんか……なんだろう、この感じ。うまく説明できないや」
胸をギュッと掴む無一郎に、杏寿郎は優しく微笑んだ。
その表情は、弟と成長を見守る兄のようで、その視線に気づいた無一郎は小首を傾けた。
杏寿郎は笑顔のまま、ポンと無一郎の頭に手を置く。
それから、「好きになったのだな、ゆき乃の事を」と静かに言った。
「え……好き?」
「そうだ。ゆき乃を想って胸を煩わせているのだろう。こうドキドキと脈打つ感じや身体が熱くなるんじゃないか?」
「うん、そう」
「それが恋だ、時透。まだ君は若いし強くなることだけを考えていたのだから知らないのも無理はないが、誰かを想って自分が一喜一憂するのは、その人を好いているという事だ」
「そうか……これが、そうなんだ。まさか煉獄さんからそんな言葉聞けるなんて、変なの」
「ハハ、まぁあの時では想像もできなかっただろうな!俺だってまさか時透がゆき乃に恋をするなんて思ってもいなかったぞ!」
「……」
「時透の考えてる事は分かっている。だが恋というやつは自分で制御できる気持ちでもない。なぁ時透。君がこの時代に来たのも運命だとしたら、それには意味があると俺は思う。俺の過去の記憶が蘇ったのもすべて」
「そうだね」
「いつ戻ってしまうかも分からないし、このままかもしれない。だから……後悔しないように生きてくれ。例え未来がどうなろうとも、自分が信じる道を進めばいい」
杏寿郎の言葉に、霞がかっていた無一郎の心が晴れていくような気がした。
葛藤が無くなった訳ではない。
だが、どこに進むべきか、その光が見えたような気がした。