12.縮まる距離と高鳴る鼓動


想いを伝え合って数日が経った。

ひとつ屋根の下で暮らしていて、ゆき乃は増していくドキドキと日々葛藤していた。

ソファで並んで座っている時も軽く手を繋いだり、目が合えば自然と笑みが零れたり。

だけど、それ以上の事は何もない。

無一郎は、多少の変化はあったにしても、以前とそれ程変わらないように思えた。



「意識してるのは、私だけ?!」

「ゆき乃さん荒れてる…ほら、無一郎くんはきっとどうしたらいいのか分からないとかじゃない?若いし」

「そうかな……いやでも知識はあるでしょ!」

「うーん」



社内カフェの隅で、ゆき乃とハルは休憩と題して恋の話を繰り広げていた。

無一郎と両想いになれた事を伝え、ハルがこのカフェで発狂したのは数日前。

その日から毎日のように、カフェでゆき乃の話を聞いていた。



「そういえば、杏寿郎はまだ調べてる?」

「うん…でも、記憶が戻った時に一通り調べてたみたいで特に進展はないみたいだよ。無一郎くんのタイムスリップの謎もあるし」

「そっか」

「ゆき乃さん、大丈夫?」

「……私ね、何でか分からないけど、また戻ってくるって言うむいくんの言葉を信じてるの。もしいなくなったら悲しいし泣くと思うけど、待っててもいいのかなって。それでおばさんになっちゃったらどーしようね」



無一郎がどうなるのかは、誰も分からない。

だからこそ、ゆき乃は無一郎との時間が惜しく、思い出せるくらいの楽しく幸せな思い出がたくさん欲しいと思っていた。

今はまだ無一郎が手に届く距離にいるから、綺麗事のように言えるのかもしれないけど、それでも無一郎の言葉を信じていたかったのだ。

未来を守ると言ってくれた覚悟を。

また戻ってくると言ってくれた強い言葉を。







家に帰り夕飯を作っていると、杏寿郎との鍛練を終えて帰ってきた無一郎が「ただいま」と入ってきた。

ゆき乃が台所から出てみると、無一郎は全身ずぶ濡れだった。



「え、どうしたの?!雨降ってた?」

「急に降ってきた。降りそうだから走って来たんだけど」

「拭かなきゃ!ちょっと待ってて」



急いてタオルを持って無一郎の髪や身体を拭いていく。

身体に張り付いた服を脱がせようとした手を、無一郎の手が止めた。

なに?って顔で見上げるゆき乃に、溜め息が落ちてくる。



「脱がされるの、恥ずかしいんだけど」

「え?……あ、そそそうだよね!ごめん」

「それともわざとだった?」



掴んだ手を離さずに、無一郎が距離を詰める。

元々近かった二人の距離が、吐息が分かるほどに縮まった。

ゆき乃の心臓がバクバクと煩くなり、顔は赤くなっていく。

無一郎の顔が近くて思わず目を瞑ったゆき乃に、喉が鳴る音が耳に届いた。

これは、キスの合図かも。

そう思ったゆき乃は期待をしていたが、掴まれていた手がスッと離され、「シャワーしてくる」と無一郎は顔を合わせずに行ってしまった。

羞恥心でその場にしゃがみ込んでしまうゆき乃。

一方通行のような想いに泣きそうにすらなっていたゆき乃だったが、目を閉じていた彼女は見えていなかったのだ。

無一郎がどんな表情をしていたのかを。



「……なんか、不機嫌?」

「別に!いつもと変わりませんが!」

「ゆき乃はすぐに顔に出るよね」



そう思うなら、察してほしい。

食器の片づけを終えた無一郎がソファに座ってゆき乃を見るも、ゆき乃は悶々とソファのクッションを抱えて座っていた。

微妙に空いている二人の間。

わざと視線が合わないように下げていたゆき乃に、ハァと無一郎の重たい溜め息が落ちてきた。

面倒くさい女だと思われただろうか。

ハシタナイ女だと思っただろうか。

心の奥にある不安を消そうと、ゆき乃が焦って距離を縮めようとした事が空回りしているような気がして、この重たい空気に耐えられなくなり立ち上がってその場を離れようとした。

だけど、無一郎によってそれは阻まれてしまった。

手首を掴まれ、引かれた拍子にバランスを崩したゆき乃は、幸か不幸か、そのお尻は無一郎の膝の間の僅かなスペースに落ちた。



「勝手に離れないでよ」



耳元で囁きながら、無一郎の腕が後ろからゆき乃を優しく包み込んだ。

背中から伝わる無一郎の温もりと早鐘のように脈打つ心臓に、彼を呼ぶ声が思わず上ずってしまう。

巻きつく腕にそっと手を添えると、ホッと胸を撫で下ろしたような吐息が聞こえてきた。



「むいくん…」

「そんな声……出さないで」



無一郎の熱の籠ったような声色に、ゆき乃の心がギュッと掴まれる。

振り向いた先、顔を赤くして瞳を潤ませている無一郎が真っ直ぐゆき乃を見つめていた。


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