16.愛する人への祈り


騒がしい声に、意識が覚めていく。

重たい瞼を開けようとした矢先、「あー!!目が覚めました!天元様ぁぁ!」という煩い声に、思わずまた目を閉じた。

その金切声の所為なのかは分からないが、無一郎は頭痛のする頭を押さえた。

少し経って耳に届いた懐かしい声に、また薄っすらと目を開けた。



「おい、時透!大丈夫かぁ?一体何があったんだよ」

「……宇髄、さん?」

「おお、分かるか!任務中に行方知れずになってたお前を嫁達が山中で見つけたんだよ。今さっきお館様には連絡したけどよぉ」



どうなってんだ、と横たわる無一郎の側に座った宇髄天元は、無一郎がこの時代で最後に会った姿と変わりなかった。

鬼との戦いで負傷し、すでに柱を引退している。

目には派手な眼帯をし、今まで纏めていた髪は下ろされ、隊服ではなく着物姿だった。



「皆お前が死んじまったと思ってたんたぜ?!」



そんなことになっていたのか、と無一郎は冷静に考えていた。

ただその反面、込み上げてきた感情を抑えるのに必死だった。

戻ってしまった、この時代に。

幸いにも記憶は残っていた。だけど、だからこそ溢れる感情を整理できないでいた。

瞬時に、この状況がどういう事なのかを理解してしまったのだ。



「おい時透、聞いてんのかぁ?」

「……っ、」

「おい……時透…?」

「……うっ……」



抑えきれずに溢れた想いが、胸を熱くさせ、意図していないのに目から零れていく。

思わず、腕で目元を隠したけど、喉が詰まって天元の問いかけに答える余裕もない。

異変を察した天元が、恐らくそばに居た嫁達を部屋から出したのだろう。部屋から気配が消えた。



「何があった?話せるか?」



ポンと頭上に触れた大きな手。

杏寿郎の優しい手を思い出し、胸が熱くなった。







「……そりゃ本当なのか?!なんつーか、理解の範疇を派手に越えてやがるな」

「まぁ、そうだよね」



ブツブツ言いながら頭を抱える天元を見つめる。

無一郎自身も、一瞬長い長い夢を見ていたのだろうかと思った程だ。

だけど、身につけている服は未来のもので、手に握り締めていたものは、彼女が似合うだろうと買ってくれた髪色に似ている淡い緑をした髪留めだった。

それから、天元に話をしていくうちに、直前に何があったのかを思い出したのだ。

熱が上がり呼吸が浅くなる中、身体が軽くなる感覚がして、咄嗟に枕元に置いていたこの髪留めを手に取った。

それが元の時代に戻る合図なのかはその時は分からなかったし、ただ熱で朦朧としていただけだと。

でも、今思えばあの時起きた身体の異変は、この時代に戻るキッカケだったのだ。



「そうか、煉獄が……良かったって言っていいのか分かんねぇけど。まぁそうか……なるほどなぁ」

「僕の話、信じてくれるの?」

「あぁ?!何言ってんだテメェは」



片目で睨むように無一郎を見た天元の手が伸び、無一郎の額を思い切り突いた。

元とはいえ、柱の突きなのだからそれなりに痛い。

額を押さえる無一郎に、天元が言葉を続ける。



「信じるも何も、嘘を吐く理由があるか?!あとその姿見りゃこの時代とはかけ離れてるしなぁ……それに、何かお前が人間らしくなったのも、理由があんだろ?」

「人間、らしい?」

「あぁ。記憶が戻ったとかそういう事じゃなくてな、表情が変わった。未来で出逢ったその女が、お前を変えたってわけか」

「……そう、なのかも」

「スゲェ女だな!会ってみたいぜ」

「嫌だ。宇髄さんには会わせたくない」

「まぁ俺は色男だからなぁ!」



ケラケラと歯を見せて笑う天元に、少しだけ心が軽くなったような気がした。

だけど、心にいる人の笑顔はそこにはない。

覚悟はしていた。自分で戻ると決めていた。

それがこんなにも辛い別れになるものとは、想像もしていなかった。

手の中にある髪留めを握り締め、心の中で祈る。

どうか、ゆき乃が泣いていませんように。

どうか、ゆき乃が前を向けますように。

どうか、どうか―――また、ゆき乃と出逢えますように。


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