17.信じる心 ※要加筆


無一郎が上弦の鬼を討伐した後、鬼の動きが止んだ。

その間に柱による稽古を行う事になっていたらしく、無一郎も鈍った身体を鍛え直すためにその稽古に参加した。

天元の話によると、無一郎が倒れていた側には日輪刀があったという。

未来では部屋の隅に置いていたし、直前に触れていた訳ではない。

だからきっと、この時代に戻って戦えと、天からの示しなのだろうと無一郎は考えていた。



「何でたった数週間しか経ってないんだろう」

「知るかよ!その未来との時間軸が違うんじゃねぇか?」

「……」

「んなシケた面すんなって!ほら、握り飯食え!嫁が作ったんだから残すなよ!」



天元が背中を強く叩く。

痛いと思いながらも、こうして稽古の合間に気にかけてくれる天元に感謝をしていた。

無一郎が未来で過ごした時間と、元の時代の時間の経過は同じではなかった。

どうしたら、ゆき乃のいる時代に行けるのだろうか。

稽古をしながらも、その考えがずっと脳裏にある。

自分の成すべきことを成し遂げる。ゆき乃のいる世界に鬼を出さないようにという思いは今でも変わらない。

だから無一郎は鍛練の手をやめる事はないし、無惨を倒すつもりだ。

でも、命がけの戦いになる事には変わりない。

そこでもし命を落としてしまったら。生き延びたとしても、痣の出現をすでにしている無一郎は、長らくは生きられない。いつ未来に戻れるのだろう。そもそも、どうやって戻ればいいのだろう。

堂々巡りな思考に押し潰されそうになった瞬間、「大丈夫だ」という杏寿郎の声が耳に届いた。



―――考えても仕方のないことは、考えるな。目の前の事に集中しろ。



実際にその場にいるわけではない、彼の力強い声。

だけど直接言われたような気がして、無一郎の胸をまた熱くさせた。

大丈夫。ゆき乃の側には彼がいる。

そしてきっと、あの時のようにまたゆき乃の声が導いてくれるような気がした。

確信はないけど、そう信じたいと思った。







竹刀を持ち、素振りを繰り返す。

道場には杏寿郎の吐き出す音と竹刀が空を切る音だけが響いていた。

動きを止め、深く息を吸い込む。

かつて、無一郎と鍛練をした日々を思い浮かべ、また深く呼吸をした。



「早く……早く戻ってこい、時透」



元の時代に戻ったという保証はない。

だけど、無一郎の強い信念が鬼の元へと誘ったようにも思えた杏寿郎は、ただ彼がこの時代に戻ることを願っていた。

本来であれば、この時代に来たことが間違っている。理に反している。

それでも、愛する人と言葉も交わせず、触れ合うこともできなくなってしまう事がどういうことなのか、今の杏寿郎には分かっていた。

苦しみ、悲しんでいるゆき乃をこれ以上見ていられなかった。



「杏寿郎さんっ!」

「ハル?何故ここに……」

「一緒に来て欲しいの!ゆき乃さんから電話があったんだけど、取り乱してて!無一郎くんの服が消えそうだって言ってて、」

「うむ、すぐ行こう!」



慌てて焦っているハルと一緒に、ゆき乃の家に向かった。

そう遠くないそこに向かい、ハルが合鍵で扉を開けると、リビングに駆け込んだ。



「ハル、杏寿郎……服がっ…むいくんの服が…」



悲壮感漂うその声に、杏寿郎の心臓が大きく音を立てる。

ゆき乃が胸元に抱いていた鬼殺隊の隊服は、そこにあるにも関わらずその線を透過させ、消えようとしている最中だったのだ。

目の前で起きている事に戸惑う。

だけど、この場にいる全員がそうなっては意味が無い。自分がここにいる意味を考えろ。

そう言い聞かせて、ゆき乃の側に膝をついた。



「大丈夫、大丈夫だゆき乃」

「でもっ…むいくんがいたって証なのに!これが消えたら……嫌だっ…むいくん!むいくんっ!!」



ゆき乃の叫びが木霊する。

その時、耳ではなく直接心に届くような微かな声が聞こえてきた。

それはこの場にいる三人とも同じだったようで、一瞬言葉を飲み込んだ。

ゆき乃がもう一度彼の名を呼ぶ。

すると、抱いていた隊服が白く淡く光を放ち、霞がかったようにその姿を消えゆこうとする。

その瞬間に、確かに聞こえた。



―――ゆき乃。



間違いなく無一郎の声だった。

力強いその声が聞こえた後、ゆき乃の手から隊服が散るように消え、手元には何も残っていなかった。

これがどういう意味を成すのか分からない。

何故こんな事をするのだろう。

天は、彼を戻してはくれないのだろうか。

ならば何故、二人を出逢わせたのだろう。

考えても仕方がないのに、目の前で涙を流すゆき乃を思うと、考えずにはいられなかった。

隊服が消えるという事態に最悪なシナリオが杏寿郎の脳裏に浮かんだ。

だがそれをすぐに打ち消した。

彼が生きている事、そして戻ってくる事を願い、「大丈夫だ、きっと戻ってくる」とゆき乃の肩を掴んで力強く声を発した。

そう、願うしかなかった。

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