04.交わる赤い糸
怒涛のランチタイムを早々に終わらせたゆき乃は、その足で社内カフェへと向かい、お気に入りのアッサムティーを頼んで窓際の席へと腰を下ろした。
癖でスマホを見てしまい、溜め息を吐く。
月曜日になり変わらない日常がまた始まったが、ゆき乃は家に置いてきた無一郎の事が気になり仕事が捗らなかったのだ。
当たり前に連絡を取る手段もなく、一応昼飯は用意してきたが、問題なくやっているのか、困ってないか、勝手に消えてしまわないか…そんな考えがグルグルと脳内を巡っている。
それと同時に思い出す、無一郎の顔と微かな吐息。
――いやいや、相手は中学生だから!
熱くなった顔を手で押さえていると、カフェの入口からゆき乃目掛けて、「ゆき乃さーん!」と一目散にやって来た人物に慌てて平静を保とうとした。
「どうしたの?なんか顔赤い…熱?」
「ううん、いいの。気にしないで」
彼女は同じ会社で働くハル。
前の部署でゆき乃の後輩だった彼女は、プライベートでも仲良くなり、部署が変わろうともゆき乃を探してはお喋りをしようと日々目論んでいた。
そして今日もいつもと同じように、ゆき乃がいるであろう時間を狙ってカフェにやってきたのだ。
「悩みごと?もしかしてあの、」
「違う違う!アイツの事じゃない…てか忘れてたわもう!そうじゃなくて…」
歯切れが悪いゆき乃は珍しく、だからこそハルは不思議に思いその後の言葉を待った。
ゆき乃は、ハルに週末に起こった出来事をどう説明すればいいのか悩んでいた。
ハルには伝えてもいいかと思ったが、自分の中に芽生えた感情をまだ知られたくないとも思っていたのだ。
核心もなにもない、微かに燻っているだけのものを口にしてしまえば、取り返しがつかなくなってしまうのではないかと。
その時、ハルのスマホが震え彼女の視線が手元に移り、緩む表情に相手が誰なのかすぐに察した。
そして何故すぐに思い出さなかったのだろうと、閃いた案にゆき乃の顔が明るくなる。
「そうだ!ハル、あんたの彼氏の弟の服ちょっと借りてきてよ!」
「うえっ?!え……ど、どうしたの急に」
「ちょ、今すぐ連絡取って!聞いてみて!理由はあとで説明するから」
「いいけど……ゆき乃さん幼馴染なんだから、私からじゃなくても…」
「幼馴染って言っても中学までだし、急に私から連絡したら怪しいじゃん!今の連絡、杏寿郎からでしょ?」
スマホを指差すと、ハルは小さく頷いた。
もしもし杏寿郎さん、とスマホを耳に当て小声で電話をするハルを見ながらも、ゆき乃の脳内は無一郎の事でいっぱいだった。
半年前にハルの彼氏になった煉獄杏寿郎は、元はゆき乃の幼馴染でもあり大学で同じサークルだったのだ。
その縁でハルと杏寿郎は出会うことになったので、ハルにとってゆき乃の頼み事など御安い御用。
電話を切ったハルは、「今日取りに行って、ゆき乃さんの家に届けるね!」と任務遂行に燃えていた。
◇
アパートの三階にあるベランダから見る景色は、目線よりも高い建物が多く聳え立ち、無機質な音が飛び交っていて、無一郎にとって奇妙な世界だった。
この部屋で目を覚ましてから、自分が未来へと来てしまった事は徐々に理解しているが、何故そんな事になったのか未だに分からなかった。
未来へ来た理由よりも、戻る方法を探さなければ。
ゆき乃の部屋の中を見渡しても、過去に繋がるようなものは何も無い。
外に出ることはゆき乃に禁止されていたが部屋を漁るなとは言われていないからと、無一郎は部屋中のものを物色し始めた。
だが、見る物殆ど珍しい物ばかりなので、過去へと導いてくれそうな物は一つとしてない。
部屋の隅に置かれた日輪刀と隊服を確認するも、これと言って変化はなく、無一郎は深い溜め息を吐いた。
「……ゆき乃、まだかな」
近くにあった本棚を眺め、不意に目に止まった少し分厚めの本を手に取った。
無一郎が取ったのはアルバムで、彼が知る写真とは全然違う、色鮮やかなものが並んでいた。
その中には当然、ゆき乃の姿がある。
目の前にゆき乃がいるみたいだ、と微かに顔を緩めながらそれを捲り眺めていると、一枚の写真を見た無一郎の目が大きく見開いた。
それは、ゆき乃以外に複数の人が映っているもので、外で食事をしている画を切り取ったような写真だった。
「…どうして……炎柱…」
無一郎の声は、驚きと戸惑いで震えていた。
そこに映っていたのは、無一郎と同じ鬼殺隊の柱で、先の任務で殉職をしたはずの煉獄杏寿郎だったのだ。
見覚えのある髪色と見たこともない笑顔に、無一郎の心が熱くなった。