07.動き出す運命の歯車
初めて見る未来の外の世界は、無一郎にとって目新しく刺激的だった。
その所為もあってか、ずっと頭から離れなかった炎柱の事を思い出す隙もない程、気づけばゆき乃との時間を楽しんでいた。
鬼狩り以外の事を考えずに過ごす事などないと思っていた。
誰かの隣で心穏やかに過ごす日は、死ぬまで訪れないと。
「むいくん、夕方に私の会社の後輩が来るの。むいくんの服とか持ってきてくれる事になってて。むいくんがタイムスリップしてきた事は言ってないけど、事情を伝えても問題ない子だから、大丈夫よね?」
「うん、僕は別に…色々と手回ししてくれてたんだね。ありがとうゆき乃」
「ううん!私が勝手にしたことだし!それに……むいくんも、色々と自分で調べたりしたいんでしょ?戻る為に。私はその手伝いをするって約束だったし!……早く、戻れるといいね」
ゆき乃の言葉に、何故か無一郎は言葉に詰まってしまった。
決まっている筈の答えなのに、ゆき乃の無理した笑顔を見たからなのか、それとも未知の世界の昂りがまだ残っているからなのかは分からない。
帰らなければ。早く鬼殺隊に戻って任務をしなければと思っているのに、自分が頷けばゆき乃が悲しむのではないかとさえ思っていた。
「ゆき乃は、早く僕に戻ってほしいの?」
「え?」
「……やっぱりいい。答えないで」
それを聞いてどうするのだろう。
微かに感じる胸の痛みは、戦いの時に受ける怪我の痛みよりも小さい筈なのに、いくら呼吸を整えてもその痛みは消えてはくれなかった。
◇
アパートに戻って少し経った後、チャイムが鳴り手土産を持ったハルがやって来た。
あまりの身軽さに、「あれ?服は?」と玄関先で思わず聞いてしまう。
本来の目的を忘れているのではないかと疑いの目をゆき乃が向けていると、少し遅れて「よもや!開けてくれ!」と締まった扉の外から声がした。
ハルが慌ててドアを開けると、目に入った段ボールの奥、金と赤の髪色を揺らした杏寿郎が「久しぶりだな!」と大声で入ってきた。
「杏寿郎が来るなんて聞いてないけど」
「千寿郎の服と靴、必要そうな物を纏めていたら多くなってしまったのでな!これはハルには運べないと思って手伝いに来た。重い荷物を持たせるわけにはいかないからな!」
「私は大丈夫って言ったんだけど、杏寿郎さんがどうしてもって言うからぁ…」
「人の家で照れ合うのやめてくれる?…まぁいいや、ありがとう」
「それより大変だったな!急に親戚の子を預かることになるなんて……ん?」
ハルに伝える時とりあえずそういう事情にしておいたのだが、部屋の奥に視線を向けた杏寿郎が言葉を止めた。
表情が止まったまま動かなかったので、ゆき乃は無一郎が出てきたのかと思い振り返って見たが、そこには誰もいなかった。
杏寿郎さん、とハルの言葉にハッとした杏寿郎が、「すまん、何でもない」と言葉を濁すも、部屋の奥を気にしているようだった。
荷物を運んでくれたのだからお茶でも出そうと、二人を部屋に案内する。
まさか、この出逢いが大きく事を動かすことになるなど、誰も予想していなかった。
「お邪魔しまーす…え、え!めっちゃ可愛いじゃないですか、ゆき乃さん!」
「落ち着いてハル。彼が無一郎くんね。むいくん、この箱に服とか入ってるみたいだから好きに着ていいって……むいくん?どうしたの?」
ゆき乃が問いかけるのと同時、段ボールが床に落ちる音が部屋に響いた。
手が滑った、と慌ててそれを持ち直そうとする杏寿郎だったが、ソファに座っていた無一郎は立ち上がり彼を見つめていた。
杏寿郎らしくない行動にハルが心配し、「大丈夫?」と尋ねるも、無一郎が発した言葉によって、まるでその場の空気が固まり、緊張に包まれているような感覚になった。
「煉獄、さん?」
「え?むいくん…なんで、」
「やっぱり煉獄さんだよね。どうしてここにいるの?」
無一郎の言葉に、ゆっくりと顔を上げた杏寿郎は、彼に言葉に肯定も否定もせずにただ困惑してる無一郎の事を真っ直ぐに見つめ返した。
杏寿郎もまた、この状況に困惑し、湧き上がる感情を抑えることに必死で、気持ちを整理できないでいたのだ。
二人が知り合いなはずがないことはゆき乃が知っている。
無一郎はタイムスリップをしてきたのだから。この時代の人間じゃないんだから。
その事情を知らないハルが「二人、知り合いなの?」と杏寿郎と無一郎を交互に見比べて尋ねた。
暫くの沈黙の後、目を閉じ深呼吸をした杏寿郎が目を見開き、「あぁ、知っている」と静かに答えた。
「雰囲気が変わったな、時透。少し成長したか?」
「あなたは"あの"炎柱の煉獄さんなの?!だってあなたは、あの時命を落としたはずだ!なのにどうして…」
杏寿郎に掴み掛かるように距離を詰めて叫ぶ無一郎に、ゆき乃は言葉が出なかった。
何か起こっているのか、何を言っているのか分からない。
状況を理解していないハルが「どういう事?」と不安な声を杏寿郎に向ける。
大丈夫だとでも言うように、ハルの頭に手を置いた杏寿郎は、無一郎とゆき乃に目を向けると、「少し、時透と話をしても良いか」と静かに言葉を繋いだ。
「安心してくれ、隠したりはしない。時透と話したら、君たちにも全て話す」
これは神が仕組んだ悪戯なのだろうか。
二度と交わるはずのない運命がまた交差し、運命を動かしていく。