02.好きです。

 ゆき乃が継子になりたい理由。
 柱の元で鍛練し強くなりたい、その技をもっと近くで見たいと、初めて彼の剣技を見たい時に強く思った。
 だけど、それ以上に強く芽生えた想いがあった。
 この人のそばにずっと居たい、と。
 トクトクと胸を高鳴らせるこの感情に、嘘はつけない。
 その為に、継子になることはゆき乃にとっては絶対だったのだ。



 任務帰り、遠回りをして風柱邸に足を運ぶ。
 柱は多忙を極める。その為、ゆき乃がこうして彼に会いに来ても、すれ違うことは多かった。いたとしても追い返される事が殆どだ。
 今日は、帰りに開いていた甘味処で手に入れた賄賂のおはぎを手にし、門を潜った。


「ごめんくださーい! お邪魔します!」


 声を掛けるも返答がない。
 庭に顔を出しても実弥の姿はなく、屋敷は静まり返っていたが、洗濯は干されており、夕陽に照らされ風に揺れている。
 隠の人が干してるのか、自分でしているのか。
 柱の人が普段どう生活をしているのかなど考えた事がなかったが、継子にしてくれたらこれも自分の仕事になるのだろうと思い、ゆき乃は干されたままの洗濯物を手に取り、勝手に部屋へと上がり込んだ。


「不死川さんの隊服って、こうなってるんだぁ……わお、これは不死川さんの!」


 洗濯物を畳みながら思わず零れる笑み。
 その布を見るのは別に何とも思わないけど、身に着けている彼を想像して、ゆき乃が顔をニヤつかせながらそれを丁寧に畳んだ。
 その時、玄関で物音がして、すぐさま襖が開く。
 洗濯物を手にしたまま固まっているゆき乃と、目を見開いて青筋を立てている実弥の視線が交わる。
 実弥の視線が、ゆき乃が手にしている物へと移り、より一層目が見開いた。ゆき乃が畳んでいたのは、あろう事が実弥の褌(ふんどし)だったのだ。


「テメェ、」
「お帰りなさい、実弥さん!」
「いい加減にしろォォ! 勝手に他人の家に上がり込みやがってェ! 何度言ったら分かんだァ!」


 怒りを顕にしながら近づく実弥に反応し、ゆき乃も逃げるように動いた。
 身のこなしは、他の隊士に比べて上手いゆき乃だった。だがその速さは柱には通用しない。
 それでも、このやり取りを何度か繰り返していたゆき乃は、少しずつその速さを上げていっていたのだった。


「わたしが継子になれば、これはわたしの仕事になるのですから怒ることもなくなりますよ!」
「継子は取らねェって言ってんだろォが!」
「あ! おはぎ買ってありますよ! 一緒に食べましょうよぉ! 糖分摂取したら怒りも治まりますって!」
「いい加減に、しろォォォ!」


 実弥に腕を取られそうになり、尚逃れようと身体を回転させるように捻り体勢を変えたゆき乃だったが、足を滑らせてそのまま倒れ、床に思い切り頭を打ち付けた。
 物凄い音がし、声も無く悶絶するゆき乃。
 立ち上がろうにも目がチカチカして動けずにいると、「動くんじゃねェ」という声が聞こえ、そばに実弥が座る気配がした。


「少し横になってろォ。任務中でもねぇんだから無理に動かすな」
「優しいですね」
「馬鹿かァ! 俺の屋敷でなんかあったら面倒なだけだァ! 受け身も取れねェなんてお前は身体の動かし方がなってねぇんだよォ!」
「じゃあ指導してくださいよ。体術は実弥さんが得意でしょう?」
「継子は取らねェ。いい加減諦めろ」


 チカチカが治まり、ゆき乃がゆっくりと目を開けると、胡座をかいて自分を見下ろす実弥と目が合った。
 視線が交わるだけで、胸が締めつけられる。全集中の呼吸なんて関係なく、体温が上がっていく。
 出逢ってから、想いが絶え間なく溢れ続けている。


「……実弥さん」
「その呼び方やめろって言ってんだろォが」
「わたしを継子にしてください」
「しねェって言ってんだろ。諦めろォ」
「実弥さん……好きですよ、今日も」
「ったく、いつも同じことばっか言いやがって。くだらねェこと言ってんじゃねぇぞ」
「くだらなくても言います! だって、これが最後になるかもしれないでしょう? 次があるか分からないから……だから、会った時は伝えたいんです。後悔したくない」


 ゆき乃が実弥に想いを伝えるのは初めてじゃなかった。むしろ、継子を願い出るたびに伝えていた。
 鬼殺隊にいる以上、明日をも保証がないのは百も承知だった。それは自分もそうだし、より強い鬼と戦う柱である実弥も同じだ。
 だから、芽生えたこの想いを隠したくなかったし、伝えたかった。
 初めて伝えた時、驚いた顔をされたしその後より一層強く継子になることを拒絶された。だけどそこに、後悔はなかった。
 実弥が受け入れてくれなくても、この想いを知っていて欲しかったから。


「そんだけ喋れりゃ大丈夫だろォ。もう起きろ」


 そう言うと、実弥は立ち上がって部屋を出ようと襖を開けた。
 帰れ、そう背中が言っている。
 想いが実を結ぶなんてことは思ってない。それでも、届かない想いは虚しくなる。
 身体を起こし、自分の隊服のキュロットを掴んで唇を結んでいたゆき乃に、また実弥の声が届いた。


「ゆき乃……持ってきたもんはどこだァ」
「……え、」
「早くしろォ! それ食ったら帰れェ!」


 ピシャリと襖を閉め、廊下をドスドス歩く音が遠ざかるのと同時に、ゆき乃の心音が大きくなっていく。
 初めて、名前を呼ばれた。
 そもそも名前を覚えていてくれたことにも驚いた。名乗ったのは最初の頃だけだった。
 名字でさえ、呼ばれたことないのに。


「嬉しい……嬉しいよぉ」


 急いで立ち上がると、彼の名を呼びながら廊下を走った。
 やっぱり、この人の継子になりたい。
 ゆき乃は更に想いを強くし、実弥の為に買ってきたおはぎの包みを広げた。


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