空から舞い降りし君

 それは壁外調査からの帰還途中だった。今回の調査では主に巨人の生態及び行動範囲の調査で、エルヴィン指揮の元、一度帰還するために馬で駆けていた時に、一体の巨人が進行方向に出現した。
 奇行種ではない。それならば俺だけで十分だ。
 そう思い、部下に指示をした俺は単独でその巨人をおびき寄せた。背後についた巨人を出来るだけ仲間から遠ざける。あとは急所を狙うだけ。そう思い背後に視線を送ると、急に巨人が方向転換をして別の方へと向かっていく。
 何だ、どうした。
 仲間の方とは正反対の方へと向かう巨人を無理に追う必要はなかった。ただ、こいつがいつ脅威になるかは分からない。今のうちに仕留めておかなければ。
 手網を引き、方向を巨人へと向けて追いかけた。その時だった。青白い光が空中に現れたらと思った矢先、丁度巨人の真上あたりから何かが落下してきた。
 それが何かを判断する前に、体が真っ先に動いていた。
 標的を巨人に向け立体機動装置を放ち、体を飛ばす。その瞬間、落下していたのが人間で、それに向かって手を伸ばす巨人の手を切り刻み、それから急所へと向かってブレードを振り下ろす。叫び声と共に体を崩した巨人を踏み台にして、落ちていく人間を抱き留めた。
 それは紛れもなく人間で、変わった身なりをしていた女だった。


「おい大丈夫か!? しっかりしろ! クソッ、どうして壁外に人間が……」


 俺の言葉に薄目を開いたその女だったが、すぐにまた瞼を閉ざしてしまった。全くもって訳が分からない。壁外に人間がいることなんて有り得ない。だが、俺の腕の中で眠るように目を閉じているこの女は、紛れもなく人間であった。
 それから、その女を連れて帰り調査団の管理する部屋に連れてきた。ハンジからは色々と聞かれたが、俺だって訳が分からないのだからと何も答えなかった。ただ、この女が目が覚めるまで監視することを自ら買って出た。何故だか、他のやつに任せようとは思わなかった。


 目が覚めてから、女は俺の姿に気づくことなく間抜けな顔で部屋を見回していた。何か企んでいるのか。壁外に人がいるという事実は過去の調査で一度もない。これが事実になれば今までの事が覆ることになる。何としてもこの女から真実を聞き出さなければ。
 俺の思惑に反して、何を考えているのか、女は急に抱きついてきた。思わずその体を突き返す。抱きつかれる事も癇に障るが、それ以前に潔癖な俺には男でも女でも、誰かに触れられること自体許容出来ることではなかった。
 それに加えて、女は意味がわからない事を言っていた。異世界から来たと。ふざけやがって。
 そして何より、この女が口にした俺の名前。何故知っている。どういう事だ。部屋に入ってきたハンジにその困惑を知られないように取り繕い、女から話を聞き出す為に、監視を続けることにした。
 こんな状況で笑ってんじゃねぇぞ。クソ女。







「知ってること、全て話せ」


 俺の言葉に、軽食を済ませた女は考えるような仕草をした。抵抗するつもりなら爪でも剥いでやろうか。そう思ったが、女は抵抗するどころか、ペラペラと話し始めた。だがそれは、やはりふざけた話に変わりはなかった。

 女は、ユキノと言った。別の世界から来たという事が本当かは知らないが、話を聞いていくうちに、何故壁外にいたのか、何故空から落ちてきたのか、腑に落ちない事象のすべてをそれなら納得できると思い始めていた。そんな事、容易く理解できることではない。ただ、この世界は理解できない事の方が多いのも事実だ。


「何故俺の名前を知っていた?」
「それは……お酒、です」
「酒?」
「ここに来る直前に口にしたお酒の名前がリヴァイだと教わりした。その名前を耳にして意識を失ってから、次に目を開けたらもうこの世界に来てしまっていた。何故だか私にも分からないし、その名前は関係ないのかもしれないけど」
「……」
「リヴァイさん」
「……」
「私はこの世界の事は何も知らない。あなたと同じように、異世界から来たなんて誰にも信じてもらえないと思う。でも私はこの世界で生きていかなきゃいけないの……何でもします、力を貸してください!」
「面倒は御免だ。何故俺がお前のケツ拭く様なことしなきゃならない」
「勝手な事だとは分かってます! でも私はリヴァイさんがいい。あなたを信じてます」
「チッ、簡単に人を信用するな。テメェの頭は腐ってんのか」


 いくら悪態を吐こうと、女は真っ直ぐ俺から目を逸らさずにその目を向けた。曇りなき眼で「信じてる」なんて、よくも初対面で言えたもんだ。俺はこの女の言うことを信じていない。女の処遇はこの俺に掛かっている。生かすも殺すも、俺次第ってか。


「オイ」
「はい!」
「お前が少しでも不審な動きをしたら即刻俺が殺す。容赦はしねぇ。記憶喪失で通せ。独断で動かずに困った事があったら俺に言え。分かったかクソ女」
「コハルです!」
「黙れ」
「……あの、リヴァイさん」
「何だ?」
「信じてくれてありがとうございます」
「チッ、俺はお前を信じたわけじゃねぇ。勘違いすんな」
「それでも、ありがとう」


 目を細めて微笑む女の顔は、この世のすべてを慈悲深い愛で包み込む聖母のような、そんな温かさを感じがした。調査帰りで疲れが溜まっている所為だろう。こんな普通の女にそんな事思うなんて俺の方が頭がイカれたのかもしれない。
 人の温もりなんて、俺には必要ないというのに。


- 1 -
 
novel / top
ALICE+