最初で最後の、愛する人

 初めて自分から家に男性を招き入れた。車をマンション駐車場へ停めてから私の部屋に入るまでの時間が、まるで永遠に続くのではないかと思うくらいに緊張している。杏寿郎さんも口数が少ない。


「な、なにか飲みますか?」


 返事も聞かずに部屋に入るや否や、この緊張を誤魔化すようにカウンターキッチンの上に並べてあるグラスに手を伸ばした。
 だけどすぐにふわりと背中が温かくなる。背後から回された逞しいが私の身体に絡まっている。心臓が甘く疼いて早鐘が鳴る。私の手から、杏寿郎さんはグラスを取り、それを静かに戻した。


「飲み物より、ハルに触れたい」
「杏寿郎さん……」
「そのつもりで、招いてくれたのだろう?」


 煉獄家に行くからと綺麗に纏めてある私の髪を少し避け、うなじに唇が押し付けられる。甘い痛みが走り、微かに私の口から甘い吐息が漏れた。
 顎を掴まれ優しく後ろへと向かせると、柔らかな唇が私の緊張を溶かすように触れた。啄むようなキスが徐々に深くなっていく。部屋の空気が一瞬で甘く艶やかなものへと変わった。


「以前この部屋に来た時から、ハルとこうして触れ合いたいと思っていた。あの時の俺を見つめる君の顔が頭から離れなかった」
「杏寿郎さん、私どんな顔してたの?」
「元よりハルを好いていたが、俺はあの日の君に一瞬で虜にされた……もう、他の誰にも見せたくはないものだな」
「……ぁっ、ん…」


 今日ほどこんなにベッドが広くて良かったと思った日はない。私を組み敷き、言葉を紡ぎながら首元に顔を埋める杏寿郎さん。心臓が今にも身体を突き破り弾け飛んでしまうのではないかと思うくらい、私の心臓はうるさく、甘い心音を響かせていた。
 ブラウスのボタンを外され、キャミソールの中に入る杏寿郎さんの指はゴツゴツしていて男らしい。その手が下着ごと私の胸を包み込み、節くれだった指がすでに主張している先端を掻くように触れた。
 全身が痺れるように疼いて、奥からジワリと温かな蜜が溢れたのが分かる。胸を締め付けるホックを外されその手の侵入を認めれば、熱いくらいの手が優しく強く触れた。


「もう硬くなっているな。気持ちいいか?」
「は…ぁい、ん……杏寿郎さっ…」
「可愛いなハルは」


 しっとりとした杏寿郎さんの舌が、まるで生き物のように肌を伝いねっとりと舐め上げる。片手でその先端を弄び、もう片方はその舌先で触れて欲しいと主張している先端を卑しく突いた。


「あぁ…んっ、や……ぁ」
「嫌なのか?」
「んんっ…喋っちゃ…やぁ……っぁあ!」
「その顔、もっと見せてくれ」


 片手で先端を擦るように触れながら、顔を近づけた杏寿郎さんは私の眼鏡を静かに外した。視界がぼやけてしまい、無意識に薄目になる。近づく炎を宿した瞳と視線が交わり子宮が甘く疼く。もっと知りたい。もっと触れたい。私はその頬に手を伸ばした。


「好きです、杏寿郎さん」
「俺もだ。すまないが、あまり余裕がないかもしれない……ハル、愛している」
「私も、愛してます」


 素肌を合わせ、扇情的な瞳で見つめ合う。愛おしいという感情が溢れて、私の心の奥底に眠っていた感情が解放されていくような感覚だった。
 誰かを愛したいと思ってた感情。そして愛されたいと願う感情。それがその手から、その唇から注がれて、私の嬌声と杏寿郎さんの艶めかし吐息が部屋を満たし、甘く蕩けて混ざりあっていく。


「あ、杏寿郎さ…んんっ!」
「ハルっ……くっ、動くぞ…」
「あ、あ、ん……あぁっ…」


 一つに繋がれることが、こんなにも幸せで愛おしいものだと初めて知った。そしてこれが、私が知る最後の愛になるだろう。





 熱くて甘い夜から一週間程が過ぎた。学校では生徒の目もあるため正式に結婚するまでは伏せておく事にしたけど、職員室では周知の事実となっていた。
 不死川先生は、宇髄先生や冨岡先生のおかげか思ったよりも普通に私と接してくれた。時折見せる切ない表情に胸が痛むこともあったけど、私にどうにかできる問題ではないし、静かに見守ることにした。
 今度、みんなで飲みに行こうと宇髄先生から誘われているので杏寿郎さんと一緒に行くことになっている。


「ハル先生、待ったか?」
「ちょうど問題が仕上がった所です。それより大丈夫ですか。もうすぐ練習試合だし、煉獄先生疲れてませんか?」
「うむ、問題ない。俺は君と過ごす時間が何よりも大事なのだ……では、行こうか」
「はい!」


 学校を出て車に乗り込めば、外から見えないように静かに指を絡ませる。この瞬間が堪らなく好きだ。
 自分は消極的だと常々思っていたものの、こうして杏寿郎さんとは出来るならずっと触れ合っていたいらしい。触れ合う指を見つめ視線を上げれば、当たり前に杏寿郎さんと視線が交わった。


「今日はハルの手料理が食べたいな」
「ふふ、杏寿郎さんになら毎日でも作りますよ」
「それは楽しみだ」


 同じ職場であっても二人で過ごせる時間は少ない。付き合いたてで気持ちが浮ついている私達は、離れる時間が惜しくてほぼ毎日マンションで逢引している。
 今日もマンションで私の手料理を豪快に「美味い!」と声を上げて食べてくれる。今日は金曜日。明日は部活も休みだからと、二人でワインを開けた。
 そんな私達を見る度にゆき乃は悪態をつく。恋人のリヴァイさんとはすれ違い生活のようで、こんなゆき乃を見るのは初めてだった。


「リヴァイに逢いたい。顔が見たい、声が聞きたい、抱きしめられたい――死にそう」


 そう呟くゆき乃の肩に静かに手をやる。まさかゆき乃がこんな風に誰かを愛する日が来るなんて思わなかった。昔から自由奔放で、誰か一人に固執するなんて事がなかったから。会えなくて悲しんでいるゆき乃には申し訳ないけど、そんな姿が見られて私は嬉しかった。リヴァイさんなら、ゆき乃を安心して任せられる。


「お姉さんと恋人、とてもお似合いだったな」
「うん本当に。会うのは久しぶりみたいだから良かったよ。あんな風に素直に気持ちを吐き出せるゆき乃が羨ましい」
「ハルも言ってくれていいのだぞ」
「私も結構言ってますよ、これでも。こうして毎日家に来てもらうのも、最初に誘ったのは私だし。杏寿郎さんの負担になってないかなって」
「本当であれば今すぐにでも一緒に生活を共にしたいくらいなのだ。それに、俺に少しずつ心を許して自分を見せてくれるハルが愛おしいのだ。ずっと離れたくないと思ってしまう。俺こそ、ハルへの愛が重くて負担になりはしないかとヒヤヒヤしている」


 杏寿郎さんの頬が薄ら赤く染まっている。きっとアルコールのせいだろう。私も頬が熱い。杏寿郎さんの手が伸びて触れるも冷える事なく、その熱は更に高くなる一方だ。


「重いくらいの愛が嬉しいです。私にはそれくらいがちょうどいい」
「ハル……」


 艶めかしい声色で名前を呼ばれると、空気が瞬時に甘いものへと変わる。部屋に行こう、と耳元で囁く低音が私の鼓膜を震わせ、私は杏寿郎さんの首に腕を回した。
 先程のゆき乃みたいに、私を軽く横抱きした杏寿郎さんは、その唇を寄せ触れ合わせると、その足を部屋へと向かわせる。


「杏寿郎さん、早く……」
「よもや、アルコールが入ると君は…。今夜は寝かせてやれないぞ」


 降り注ぐ口付けに目を閉じた。身体にかかる重さも、肌に触れる唇も手も、そのすべてに愛を感じる。
 この人とずっと一緒に生きていきたい。どんな事があってもこの愛を信じていれば前を向いていられる気がする。私が私でいられるのは、杏寿郎さんだけ。


「愛してます、杏寿郎さん」




―Fin―

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