色男のお節介

 ゆき乃の前で嗚咽し涙を零すのを、ゆき乃の彼であるリヴァイさんは黙って見守ってくれていた。私が落ち着いた頃、目の前に出されたパスタ。どうやら彼が作ってくれたようで、「とりあえず腹に入れろ」とぶっきらぼうな言葉が飛んでくる。


「……ん、おいしい」
「でしょお! リヴァイの作るパスタは絶品なんだから!」


 まるで自分が作ったかのように自慢するゆき乃を、リヴァイさんは温かな目で見つめていた。
 目付きは鋭いけど整った容姿に料理ができると来たら完璧だ。面食いなゆき乃が選んだのも納得。だけど一番はやっぱりゆき乃を見つめる瞳だろうか。私でも分かる。ゆき乃のこと大切に想ってるんだと。
 二人を見ていると、形のない愛がそこにあるかのようだった。私の知らない二人の歴史がある。それを経て今があるのだ。ゆき乃の幸せは心から嬉しい。だけど今の私には眩しすぎる。
 手を伸ばせば届きそうだった幸せが、もう暗くて何も見えない。





 辛く悲しい事があっても時間は止まってくれない。散々泣いた私の目は赤く腫れているものの、だからと言って仕事を放り出すわけにもいかなかった。出来るだけ冷やして化粧で誤魔化す。眼鏡をかけていて良かったとこの時ばかりは思った。
 いつも通りの時間に行くと、職員室には不死川先生だけだった。煉獄さん……煉獄先生はいつもなら席に座っているのに今日はいない。それを内心ホッとして自席に座ろうとする私に、前から「ハル先生よォ」とかなり重たい声が耳に届いた。


「ゆき乃の事だが、どーなってんだァ?」
「え?」


 立ち上がり私の方へと歩み寄る不死川先生の顔は悲壮感が漂っていて、その理由がすぐにゆき乃であると分かった。そもそも不死川先生が私に話しかけるなんでその事以外ない。


「連絡先聞いてねェからお前んちに行ったんだよ。そしたらゆき乃が……男と部屋に上がって行ったんだ。アイツは誰なんだァ? 俺はゆき乃とてっきり付き合ってんだとばかり、」
「不死川先生……私、最初に言いましたよね? ゆき乃はそういう人だって。期待しない方がいいって忠告しましたよ」
「チッ……」
「それに、あの人はゆき乃の恋人です。海外にいる時に付き合っていたようで、別れてからまた付き合うことになったと聞きました。ゆき乃が自分で見つけた相手なんです。彼を愛してるんです。だってあんな顔するの初めて見たから…。ゆき乃自身まだ愛を信じてないみたいだけど、私には分かります。双子だから。ゆき乃の心にはリヴァイさんしかいない。だから不死川先生はもうゆき乃のこと諦め、」
「うるせェっつってんだろ! 例えそうだとしてもなんでテメェから聞かされなきゃなんねェんだよ。俺はゆき乃と話すことさえ許されねェってのかァ?! 人の心を奪っておいて、そんなのありかよっ……クソッ!」
「不死川先生……」


 私の腕を掴んで怒鳴りつける不死川先生は、怒ってはいるけど哀しんでいるようだった。ゆき乃に言えない言葉を私に吐き出したんだろう。もしかしたら、素顔が似ていると言っていた私と話しているうちに、ゆき乃と勘違いしたのかもしれない。それくらい、不死川先生はゆき乃を好きだったのだ。
 初対面で、たった一度きりでそこまでの気持ちになるものなのだろうか。私には分からない。だけどアルミンも私を好きになったと言っていた。そういう恋もこの世にはあるのかもしれない。そう思うと、不死川先生の想いを否定する事は私には出来ない。


「何をしている、不死川。その手を離せ」


 突然聞こえた声に私も不死川先生もハッとして顔を上げた。職員室の入口には煉獄先生が立っていて、その奥には宇髄先生が何事かと私達を見ている。
 不死川先生は大きく舌打ちをすると、私の手を離して職員室から出ていく。大きい不死川先生の背中がとても小さく見えた。きっと彼を傷つけた。それでも私はゆき乃の幸せを守りたい。


「大丈夫だったか、ハル先生」
「煉獄、先生……」
「不死川と何かあったのか? 二人は、」
「何でもないです! すみません、授業の準備があるので失礼します」


 心配してくれた煉獄先生の目を、私は一度も見ることが出来なかった。彼の気持ちを断ったのは私だ。それも私の身勝手の所為で。だから悲しむのは私ではなく彼の方なのに、煉獄先生は普段通りにしてくれているというのに。なんて情けないんだろう。本当に自分が嫌いになりそう。
 その日は出来るだけ職員室に顔を出さないように過ごした。幸い、授業が詰まっていたおかげで私はお昼まで教室を移動するだけだった。お昼は職員室ではなく別の場所で食べよう。一旦職員室へとお弁当を取りに行った私に、「ちょいちょい、ハル先生どこに逃げんだぁ?」と大柄な宇髄先生が行く手を阻んだ。


「で、煉獄を振った理由を聞かせてもらおうか?」
「え……」


 連れてこられたのは立ち入り禁止の屋上。何故その鍵を宇髄先生が持っていたのかは謎だけど、ボロい椅子と机がすでに置かれているあたり、実はこの場所を占領していたのではないかと推測された。
 そして、何故煉獄先生との事を知っているのか。私が考えあぐねいていると、宇髄先生が私のお弁当をつまみながら話し始めた。


「今朝様子がおかしかったろ。だからてっきり、お前たちはうまくいって照れてんだと思ってたんだよ。それで煉獄をからかったら違うっていうじゃねぇか! 俺はキッパリ断られたって。なんでなんだ? 好きだろ、煉獄のこと」
「……」
「あれか? 病院長の娘ってのが関係してんのか?」
「え?! どうしてそれを、」
「煉獄から聞いたわけじゃねぇぜ? 俺、学園長と仲良いの。色んな情報手に入るしなぁ! 最初から知ってたよ。ハル先生が一ノ瀬病院の娘だって事も、地味な格好してるけどド派手なマンションに住んでるって事もなぁ! 俺の情報網舐めんじゃねぇぞ」


 ニッと歯を見せて笑う宇髄先生は、宝石が散りばめられているバンダナをグイッと上げると、「それで、何があった?」と今度は優しい声色で私の頭をポンと叩く。
 この人はチャラくて正直苦手だった。私には合わない人だと。だけどこうして面倒見がいいのを私は知ってる。生徒にも先生達にも、いつも気を回してる。
 張っていた気持ちがプツッと切れた音がした。煉獄先生は私が断った時、すごく動揺していた。だけど謝る私を宥め、家まで送ってくれたのだ。
 私は聞き上手な宇髄先生に誘導されながら、ポロポロと言葉を繋いでいった。家族ではない他人に話して楽になりたかったのかもしれない。


「はぁ〜、こじらせてんなぁハル先生」
「……」
「まぁヤッちまったもんは消せねぇけど、それは煉獄から告られる前だろ。問題ねぇだろ。つーか、ハル先生は逃げてるだけじゃねぇか。そのセックスしちまった奴からも煉獄からも。好きなんだろ? 煉獄のこと。ちゃんと自分の気持ちぶつけろよ。軽蔑されるって煉獄の気持ちと向き合わねぇのは、煉獄がそういう人間だって言ってんのと同じだぞ。それはハル先生が決めることじゃねぇ、煉獄が決めることだ」


 至極まともな意見だった。冷静に考えれば分かる事だったかもしれないけど、色んな事が起こりすぎて当たり前の事に気づいていなかった。勝手にあたかも自分が悲劇のヒロインかのように考えていたけど、違う。自分を守ることしか考えていなかった。自分の愚かな行為を理由にして、向き合うのが怖かっただけだ。
 私は煉獄先生の何を見てきたのだろう。こんな私を好きだと言ってもらえても全然嬉しくない。


「宇髄先生……ありがとうございます! 大事なこと忘れてました。私ちゃんと煉獄先生に伝えます」
「おうおう、そうしろ。まぁ馬鹿正直にすべてを話す必要はねぇと思うがな。あ、それと……不死川とは何もねぇんだよな?」
「え、不死川先生ですか?」
「朝のアレ、痴話喧嘩みてぇだったからよぉ。煉獄がなんか勘違いしてんじゃねぇかと思ってよ」
「えっ!? ないです! それは違います!」


 そのままの勢いで、ゆき乃と不死川先生の事を少しだけ話をしてしまった。それを聞いた宇髄先生は、「飲みにでも誘うかぁ」と笑っていた。
 とりあえず、不死川先生の事はゆき乃に連絡しておこう。それよりも今は自分の事を何とかしなければ。
 まずは腹ごしらえ、と目の前のお弁当に目を落とせば、そこにはもう何も入っていなかった。


「宇髄先生!」
「おお、悪ぃな。全部食っちまった!」
「そんな……」
「煉獄の言う通り、ハル先生の弁当はうまいな。お礼に一つ、良いこと教えといてやるよ」


 近づく綺麗な宇髄先生の顔。その甘いマスクを耳に寄せ、色男が囁いた。


「いいか。男は単純なんだよ。素直に気持ちを言ってくれるだけで嬉しいもんだ。意地を張ってると、ろくなことがねぇぞ」




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