誰かを好きになると、胸がドキドキする。
だから、私の心臓はなっちゃんが隣に来ると…トクトクとうるさくなる。
そう思っていたけど、最近少し様子がおかしい。
これは…――――何なんだろう?
「思ったより近かったな!」
「結構山奥だねぇ」
車から降りて荷物を降ろしながら、澤夏とハルの会話をぼんやり聞いていた。
同じ大学のサークル仲間で来た旅行。
来年からは就活やら何やらで忙しくなるからと、名ばかりサークルの仲のいいメンバーで有名温泉があるという場所に来ている。
「ゆき乃、酔ってない?」
「うん大丈夫…だけど眠いよぉ」
「ガッツリ寝てたじゃねーか!」
当たり前に私の隣に来たのは、なっちゃん。
私のオデコをツンと指でつついて、ちょっと意地悪く笑う。
気づけばいつも近くにいて何かと私を気にかけてくれて…――たぶん、私のことを気に入ってる?って自惚れちゃうくらいな態度を取るから、自然と私も意識していた。
でも、なっちゃんから直接なにかを言われたことはない。
だからといって、自分から告白するとか…そういう気持ちはまだなくて、なっちゃんが隣にいるとフワフワとする心臓の音が恋の知らせなのかどうかも、恋愛経験の少ない私にはまだ分からなかった。
小さなトクトクを残したまま歩いていると、手に感じていた重みがスッとなくなった。
なっちゃんの反対側、軽くなった方を見ると――
「荷物もつよ」
ニコリと笑うのは勇征。
その途端にザワっと心臓が揺れて、さっきとは違うドキドキが胸の内を叩いてる。
――――私の心臓の様子がおかしい原因は彼にある。
それに気づいたのは最近で、なっちゃんが好きかも…と思い始めた矢先だったから自分でも少し困惑してるこの感覚。
勇征のいる左側がポワッと温かい。
「そんなに重たくないのに」
「何も言わずに男に持たせておけばいいんだよ」
口許を緩めてそう言うと私たちと歩幅を合わせて隣を歩く。
なっちゃんと勇征に挟まれて、この二つのドキドキが交差する。
前を歩く桃花に助けを求めるも…ハルは澤夏と楽しそうに喋ってるから、邪魔できない。
これは、恋だろうか。
だとしたら誰に恋してるんだろう。
きっと人生最大の悩みになる…――――そう思っていたこの気持ちは、たった一度の偶然によって形を変えた。
「ゆき乃、どこ行くの?」
昼間にいっぱい遊んで温泉入って、もうみんなが寝静まった夜。
疲れてるのに、なんとなく眠れなくて。
女子部屋からそっと音を立てずに部屋を出て外に向かって歩いていると、後ろから聞こえたのは勇征の声。
ドキリと胸が鳴ったのは吃驚したからなのか、勇征だったからなのか。
「こんな時間にどこ行くんだよ」
「散歩…かな」
「じゃあ俺も〜」
そう言って、私の手を当たり前に掴んだ勇征だけど…勇征と手を繋ぐのは初めて。
え…マジで?
ドキドキを隠しきれないままホテル周辺を歩いていると、少し高台に上る短い山道があって、勇征は私の手を引いてそこを登った。
緊張して口がカラカラで、だけどこのドキドキも心地よくて…何より勇征の手が温かい。
何か喋らなきゃって、そう思った矢先に勇征が「ゆき乃」と名前を呼ぶから顔を上げた。
その先にあったのは――
「わぁ!綺麗!星だ〜」
絶対に都会じゃみれない星空が目の前に広がっていて。
偶然みつけたこの光景に勇征も「これヤベぇね!」と目を輝かせてる。
「これすっごいよ!あ、みんなに教えてあげようよ!今から起こ――」
言いながら半分身体がもう来た道を戻ろうとしてる私の手を、強く引っ張る勇征。
だからそれ以上の言葉が詰まってしまって。
反動でクルリと身体が回転して、私は勇征に抱き止められるような体勢になった。
「これ…二人だけの秘密にしたい。俺とゆき乃だけの…」
いつもとは違う勇征の声に、ドキドキが加速する。
ギュッと私の手を握る勇征の顔が微かに赤いのが夜でも分かって、自分でもよく分からないけれど…今までとは違う音が胸から響いてる。
見上げた勇征の奥には満天の星空があって、それに負けないくらいのキラキラと輝く勇征の瞳が真っ直ぐ私を見つめている。
勇征と私だけの――そう言われて、なんとなくフワフワして定まらなかった気持ちが色濃くなった気がして、「あぁこれが好きって気持ちなんだ」と頭の片隅で思う、意外と冷静な私。
ジーッと見つめてると、勇征が先に痺れを切らした。
「そんな上目遣い……いや!なんでもない」
何を考えたのか、勇征の顔がカァーっと赤くなって目を逸らした。
その可愛らしい表情にキュンと心臓が鳴る。
どうしよう…私、勇征が好きかも。
私がもう片方の手を掴むと、「えっ?」と焦りだす勇征を無視して空いた距離を詰めた。
このロマンチックな景色のせいにしてもいい。
そう思えるくらい、私の心は今、勇征でいっぱいで…――思わず身体を寄せた。
「これも、二人の秘密にする?」
チュッと小さく触れた温もり。
思いっきり背伸びをしていた身体を戻すと、勇征の大きな目が落ちそうなくらい見開いていた。
私の心を奪った彼は顔を赤くして照れながらも、しっかりと私の腰に手を回していて、
「ゆき乃の唇の味は誰にも教えない」
今度は強い勇征からのキスが落ちてきた。
ドキドキは止まらない。
私と勇征の恋の始まりは――――満天の星だけが知っている。
End