抑制

「うわ、珍しっ!」
無駄に大きいリアクションでそう言ったのは同じクラスの丸井だ。彼は横の席に座ると、私が仁王の髪を三つ編みにし終わるまでじっと見ていた。
「満足したか?」
私が完成した三つ編みの先をゴムで止めると、仁王は私の方に向き直った。私はこくりと頷く。そして何故か丸井がふう、と息をついた。
「お前らが一緒にいるのほんとレアだよな。付き合ってるっての嘘?」
「嘘じゃないぜよ。なあ、名前。」
「うん。」
仁王に聞いてもしょうがないと判断したのか、丸井は私に質問を投げかけてきた。
「なあ、うまくいってんの?俺さ、逆に心配になってきたんだけど。」
「大丈夫。おかげさまで楽しくやってます。」
楽しそうなとこ見たことないんだけどなあ……と首をひねった丸井に、仁王が気怠そうに言う。
「面倒くさいの、丸井は。本人たちが付き合っとる言うとんじゃ。それでよかろ。」
たしかに丸井もお節介だが、仁王の方が丸井なんかよりよっぽど面倒くさいと思うんだけど。
まあ確かに、丸井のいうことも分かる。一緒に帰ることもなければ、ごはんも別々で食べるし、学校で一日話さないことなんてざらにある。他のカップルとか見てると、そういうのはあんまりないような気もするし。

「ちぇっ。仁王に彼女ができたらどんなんだろって期待してたのに。全っ然変わんねえんだもんなあ。つまんねーの。
あ、そいえばさ……。」

丸井は諦めたのか授業の話をし始めた。興味なさそうな仁王の背中で、三つ編みが時々ぴょこんと弾むのを目で追いながら、いつも通りの他愛ない会話をした。





「あれ、今日来るって言ってたっけ。」
チャイムが鳴って玄関に出ていくと、私服姿の仁王が立っていた。
「言っとらん。」
「まあいっか。上がって。」
「お邪魔します。」
今日はまだ親が帰ってないから、リビングに彼を通す。
生活感のある部屋を見られるのはちょっと恥ずかしい気もするけど、仁王はそんなこと気にする様子もない。
「はー。」
仁王はどさ、とソファに沈んだ。
「名前ー。」
「はいはい。」
仁王のブレザーをハンガーに掛けてから、私は彼の隣に座った。
「こっちがいい。」
仁王が自分の脚の間を指すので要望通り移動すると、お腹に仁王の手が回った。後ろに寄りかかると、背中がじんわりとあったかい。ふと、お昼の会話を思い出して、私はそのまま仁王を見上げた。
「こういうのじゃないの?」
「何がじゃ。」
「丸井が見たかったのって。」
「……あいつに見せる義理はなかろ。」
「まあそうなんだけど、仲良くないって思われてるんじゃないかな。」
「ほっとけ。…俺が色々セーブした結果じゃ。」
「?」
不意に仁王の手の片方が私の髪を撫でた。
「ちょっと求めたら、止まらんようになるからな。」
「止まらんように、ね。」
「例えば、こんな風に……」
急にぐいっと身体が引っ張られ、視界が大きく回転した。
気づいた時には、私は押し倒された体勢になっていた。仁王の手が優しく頬に触れる。

…確かに、学校でこれはまずい。
私は仁王が学校での関係をセーブしていることに、心から感謝したのだった。



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