花冠

「またここにいたの。」
校庭の隅、誰も見てないような花壇で彼を見かけるのはもう何度目だろうか。幸村精市はここをえらく気にいっているようだった。
「うん。ほら、咲いたんだ。」
後ろから覗き込むと、黄色いクロッカスの花がいくつか付いているのが見える。
名前は花に詳しくなかったが、以前幸村に教えてもらったので名前はもちろん花言葉まで知っていた。黄色のクロッカスの花言葉は、「私を信じて」。
口に出すと照れてしまうような花言葉も、幸村はさらりと言ってしまう。

「帰るところだったのかい?」
「うん、まあ。」
「何となく来るかなって思ってたよ。」
「だろうね。」
名前は近くにある手頃な石のブロックに腰掛けた。それは幸村とここにいるときの名前の特等席だ。女の子が座る時に足を開くなとか、幸村に何回も言われたけれど、癖なのだから仕方がない。見るからにボーイッシュな名前をそんなふうに扱うのは彼だけだった。
花壇をいじる背中に声をかける。
「今日も俺の予想通りにここに来た君に、良いものをあげよう。」
「?」
幸村が取り出したの可愛らしい花冠。定番のシロツメクサを軸にして、他にも見栄えのするピンクや黄色の小花でカラフルに仕上がっている。
「相変わらず器用だね。」
「俺の自信作だよ。荒れてた花壇の除草ついでだから、全部雑草だけど。」
こんなに可愛くしてもらえたら雑草冥利につきると思う。受け取ってはみたものの、私はお花なんてそんな柄じゃない。かといって自信作を無下にもできないので、思い付きで幸村の頭に載せてあげた。
「もしかしてと思ったけど、似合うね。多分そこらの女子よりよっぽど。」
「……褒めてるのかな。」
「この上なく。」
「……そう。」
幸村は頭にそれを乗せたまま、作業を再開した。
実際、幸村は学校でもちょっと評判の美人だった。長い睫毛、形の良い瞳…こういうのを女顔と言うのだろう。男勝りな名前にとっては羨ましい限りだった。
しばらくの間沈黙が流れ、グラウンドの喧騒が遠く聞こえる。

「おいで。ほら。」
「?」
幸村が自分の足元を指差すので、隣にしゃがんでみる。
「あ、これ……。」
その続きは飲み込まざるを得なかった。あっ、と思った時には幸村の唇が名前の唇に触れていた。
離れてからも、幸村の顔を見ることができず目を逸らすことしかできなかった。急に身体中が熱く、鼓動が早い。
「あの、えっと……。」
「俺も男なんだけど。」
「……え?」
幸村はその綺麗な顔で、にっこりと笑って言った。
「油断は禁物じゃないかな?」
「き、肝に命じておきます……。」
可愛い顔してるくせに、こんなに急に意識させられるなんてずるい。
まだ熱が引かない顔をぱたぱたと仰ぎながら、ちょっと納得がいかない気持ちだった。


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