4月とはいえ、手放しで春が来たとはとても言えないような寒さだった。名前は桜を見上げる幸村精市を見つけて声をかけた。幸村は「やっぱり。」と笑った。

「ここにいたら、名前が来ると思っていたんだ。」
「どうして?」
「初めて会った時も、そうだったからね。」

そういうことか。確か、初めて会った時も桜が咲いていたっけな。私が落としたキーホルダーをわざわざ走って追いかけて届けてくれたのが始まりだった。

「待ち伏せなんてしなくても、連絡してくれれば良かったのに。」
「うん。でも、ちょっと賭けをしていたんだ。ここで君に会えるかどうかの。」
「じゃあ、賭けは幸村の勝ちだね。」
「…そうだね。」

幸村はそう言って、悪戯っぽく笑った。

「…ねえ、本当は分かってたって言ったらどうする?」
「え?」

幸村は桜の木に手を触れた。まだ少しひんやりとする風に桜が揺られて、薄桃色の花びらが舞う。一瞬、桜の木が幸村に応えるように光った気がして名前は目を擦った。

「なんでもないよ。行こう、今日から同じ学校に通えるね。」
「う、うん…。」

名前は釈然としないまま、幸村と並んで歩き出した。あの桜の木には秘密がある。幸村への密かな想いを、少しだけ聞いてもらったことがあるのだ。要するに、独り言だけれど。
ふと仮説が思い浮かんで、私はぶわっと顔から汗が噴き出すのを感じた。まさか。いや、でも…。

「ね、ねえ。突拍子もないこと聞くんだけど。幸村って、桜と…。」
「そのまさか、だったりしてね。」

全ては桜の木から筒抜けだったのだ。幸村は楽しそうにくすくすと笑うと、真っ赤になって固まる私の頬にそっと口付けた。

「俺のこと、好き?」
「全部知ってるくせに…。」
「うん、ごめん。でも嬉しかったよ。俺もずっと、名前のことが好きだったから。」
「…ずるい。」
「けど、桜じゃなくて名前の口から聞きたいなあ。」

幸村は私の顔を覗き込んだ。そんなことされたら、ドキドキして余計に上手く言葉が出ないのに。

「…好き。」
「ありがとう。」

彼ははにかんで優しく私の頭を撫でると、そのままするりと手を取った。今日から一緒に通うことになる、立海大附属高等学校の門はもうすぐだ。サプライズのつもりだったのに、そのことも幸村はとっくに知っていたのだろうと思うと少し腹立たしい。でも今は想いが通じ合った嬉しさのほうが勝っていた。

「改めて、今日からよろしくね。」
「こちらこそ。」

繋いだ手は一回り大きくて温かい。青い空に映える並木の桜がさらさらと風に吹かれ、心地よい音を響かせた。


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