建物を出るなり背伸びをし、なまえは笑顔を浮かべた。横に並び、先程観たイルカショーはすごかったと、沢村はまだ興奮が冷めやらぬ色で言う。イルカショーは光と音の演出も加わり、とてもきれいで圧巻だった。イルカがジャンプする度に我を忘れて拍手と歓声を上げた。
さて、となまえは伸びを終えると沢村の腕を取る。ぱちりと目を瞬くと、腕を引かれ建物の端に連れて行かれた。首をかしげていると、見ていろとでも言うかのようにちょいと入り口を指さす。入り口に何があるのかと思い、いわれた通りに視線をそちらに向けると、ほどなくして見覚えのある人物達が姿を現した。
何故かくたくたになっている倉持と御幸、そして心の奥底からほくほくとしている降谷と、よかったねぇと微笑んでいる春市の四人。わなわなと震えている沢村とは別に、なまえは意地悪気ににやりと口角を上げると鞄から携帯電話を取り出し、どこかへ連絡をし始めた。すると、春市はポケットに仕舞っていた携帯電話を取り出し耳に当てる。同時になまえは唇を開いた。
「そのまま一度止まって、左を見てくださーい」
案の定、春市はなまえの指示通り左に顔を向ける。そして、あっと口を開けた。
「な、何してるんスかみんなしてー!?」
沢村が声を荒らげるや否や、後から出てきた倉持と御幸、そして降谷も一斉に二人の方を見た。目を吊り上げている沢村と、にやにやとしているなまえ。四人の尾行もついにばれてしまい、なんとも言えない空気が流れた。
♪
場所を移し、近くの公園へやって来た。なまえはベンチに腰掛け、まさかのことに複雑な感情を猫目となって表している沢村と、気まずそうな四人とを交互に見やる。
「いつから気づいてたんだよ?」
「ランチ食べてる時かな」
倉持の問いになまえは平然と答える。そんなに早くから……、と春市は驚いた。あの店でどうやってわかったのかと倉持は呟く。細心の注意を払っていたはずなのに、と頭を捻らせていると、あれのどこがそうなのかとなまえは苦笑した。
「……え!? 先輩達、最初っから俺達の後をつけてたンですか!?」
まず一つ整理できたのか沢村は声に出して言う。本当に気づいていなかったのか、となまえは思いつつ、あれはないわー、と肩をすくめた。
「なんとなーく気配は感じてたんだけど、沢村を水族館に誘ったときにあからさまに大きな音がしたから……」
水族館へ行かないかとなまえが沢村を誘ったとき、ガタッと倉持が椅子を引いたあの音のことを指しているのだろう。あれだけでか!? と驚きの色を隠せないでいる倉持とは別に、本当は違うだろ? と腕を組んだまま御幸は口を挟んだ。
「最初から気づいてたんだろ」
ふいとなまえは目を逸らした。何ですと!? と沢村は振り返る。
「えっ。じゃあ僕に連絡をくれたのは……」
「いやー、そろそろ種明かしに入った方が良いかなーと思って。春市くんなら、最後まで黙っててくれそうだし」
その為に……、と春市はがくりと肩を落とした。
「倉持先輩、御幸先輩! それに春っちや降谷も……恥ずかしいと思わないんスか!? ストーカーじゃな、」
「いきなりタイキーック!!」
「ぎゃあっ! 何故ェ!?」
整理が出来た沢村は四人に抗議の声を上げようとしたが、それはすぐに倉持により遮られる。プロレス技をかけられている沢村に目をやりケラケラと笑いつつ、そうだ、となまえはまだほこほことしている降谷を呼んだ。
「あそこのカニ玉、美味しかった?」
昼間に行った店のことを聞いているのか、降谷はこくこくと頷く。実はね、となまえはピッと人差し指を立てた。
「月に一度、スペシャルカニ玉が出るの」
「スペシャルカニ玉……!?」
「今度のオフの時がちょうどそのスペシャルが出る日だから、一緒に行きましょう!」
「ぜひ、お願いします」
カニ玉のさらに上をいく"スペシャルカニ玉"と聞き、降谷の瞳はキラキラと輝きを増す。即答した降谷に、約束ね! となまえは言う。胃袋つかまれてるなぁ、と春市は苦笑した。
「もちろん、その時は春市くんも一緒だからね!」
「え!? ぼ、僕もですか?」
「一緒にご飯を食べるのは嫌?」
「そんな……! すごく嬉しいです! 是非、その時はお願いします」
良かったと安堵の息を吐くなまえに春市は微笑む。
「ていうか倉持、そろそろ離してあげなさいよねー」
「るっせ! もうちょっとでしめられっから黙ってろっ」
「なんでそんなにカリカリしてるのよ……」
お前のせいだとは言えず、倉持は更に沢村にかける技を強くした。悲鳴を上げながら沢村は降谷と春市に助けを求めるが、ごめん無理、と二人は両手をあげる。薄情者ー! と声を沢村は抗議した。
「コラ」
「いたっ」
御幸にトスンと頭に軽く手刀を落とされ、なまえはパチパチと瞬く。どうして? と問いかけるようにちょいと首をかしげ上目で御幸を見た。
「別に、何でもねぇよ」
「何でもなかったら亮さんみたいにしないでよ。ていうか、怒ってるよね?」
「怒ってねぇし」
「怒ってるじゃない」
再度、怒っていないと告げると、ふいと御幸はそっぽ向き、そろそろ帰るぞと全員に声をかける。それにあわせ仕方がないとこぼすと、倉持は沢村をぶっきら棒に解放した。帰ろっか、と降谷に声をかけ、春市達も歩き出す。こけそうになったのをなんとか踏ん張って耐え、ちょっとぉ!! と沢村は四人を呼ぶも無視された。ベンチから腰を上げ、わたし達も帰ろうか、となまえは傍に寄る。
今日のことを頭の中で整理し終えたものの、やはり腑に落ちないところはあった。寮に戻ったらもう一度、あの四人に話を聞いてみよう。しっかりと答えてくれる気はまったくしないのだが。
小さく息を吐くと、沢村はゆっくりと歩を進める。その時、ちょっと待って、となまえに呼び止められた。
「これ、付き合ってくれたお礼」
そう言ってなまえは鞄の中からある物を取り出し沢村の手に握らせる。手には、最初に寄ったドラックストアの包装がされた小さな物があった。首をかしげている沢村に、あげる、となまえは続ける。
「投手なんだから、爪のケアをしっかりしなさいよね」
「え。それじゃあ、これ……」
軽く中を開けて見ると、マニキュアが二つ入っていた。一つはネイルオイルでトリートメント効果があり、もう一つはトップコートで爪を保護する役割があるとなまえは説明した。詳しくはネットで調べろと後付し、ケラケラと笑う。
「ありがとうございます、なまえ先輩――」
唐突に腕をつかまれぐいと引かれる。瞬きしたのと同時に、頬に柔らかな感触があった。それは一瞬だったが、すぐに離れる。ゆっくりと離れていくなまえの顔を瞳に映し、何が起こったのかと思う。頭をフル回転させ、停止していた思考巡らせる。
なまえの頬はほんのりと染まっており、伏目がちに沢村を見ていた。しかし程なくして綺麗に微笑むと、小さな声で告げた。
「今日は本当にありがとう」
沢村の背を軽く叩くと、なまえは前を歩いている四人のもとへ足早に合流した。また何かちょっかいを出したのか、合流した途端に御幸に鼻をつままれた。
遠くなる背中を眺めながら、沢村は頬を押さえる。胸は早鐘を打つかのように鳴っていた。
「おーい、沢村ー! 早くおいでー!!」
と呼ばれ、急いでなまえ達の傍へと向かう。いつものように御幸と倉持にからかわれ、子どものように感情を表しているなまえを見つめながらふと考える。
もし今日みたいになまえの隣に立つことができるのなら、今度は違うかたちになれたら、と願う。いつか、いつの日か、この気持ちを伝えられますように――。
橙色の大きな陽の光を浴びながら沢村は一度、唇をしっかりと結ぶと、まっすぐと前を見て歩き始めた。いつの間にか表情は綻んでおり、元気な声でなまえの名前を呼ぶ。
「今日はありがとうございました! また一緒に出かけましょう!!」
調子に乗るなと倉持は眉根を寄せるが、ぜひ! となまえは頷いた。沢村は、ニッと歯を見せて笑った。
愛子||170417