「あの、マネさん! なまえ先輩は?」
声をかけると、あそこ、と梅本幸子はとある方向を指差す。その先を目で追いかけるなり、ぎょっと目を丸くした。視線の先には、陰にあるベンチに腰掛け小さな子どもを抱いているなまえの姿。
誰の子だと周りがざわつく中、抱いている子どもは落合監督の娘だと夏川唯が言う。同級生達は驚いたと口々にこぼすが、話を聞いていなかったのか、沢村はただ一人、ぽかんと口を開けて突っ立っていた。
隣で降谷と話している小湊に空になった紙コップを渡し、なまえのもとへと向かう。小湊の声を背中に受けるも、何を言っているのかはっきりとは聞こえなかった。
子どもの背をぽんぽんと叩きあやしながら、なまえは陰から練習風景を眺めている。そんななまえの傍に沢村は歩み寄る。
沢村に気づいたなまえは、お疲れ様、と声をかけるも、反応せずじっと腕の中に居る子どもに目をやる。子どもはまだ幼く、なまえに抱かれてすやすやと気持ちよさそうに寝息を立てていた。
なまえの前で立ち止まり、沢村は恐る恐るといった風に声をかけた。
「その子、誰っスか……?」
「落合監督の子どもだよ」
子どもを起こさないようにトーンを落として答える。すると、二、三度瞬きをした後、えっ、と沢村は気の抜けたような声をあげた。
「軍曹の……えっ!?」
「何かとんでもない誤解をしていたようね?」
沢村の反応になまえは眉根を寄せる。どうやら唯の言葉は本当に耳に入っていなかったらしく、腕の中にいる子どもは誰かの子ではなく、もしかしたらなまえの子どもかもしれないととんでもない誤解をしていたようだった。肩をすくめるなまえに、すいやせんっ! と沢村は頭を下げるが、すぐにシッと声の音量を落とせとジェスチャーで怒られる。むぐっと沢村は自身の口を両手のひらでおさえた。
何故、落合の子どもを抱いているのかと問えば、一緒に来ていた奥さんが少し買い物に行きたいと言ったため、預かったのだと言う。最初のうちは一緒に遊んでいたのだが、体力が尽きたころ抱っこをねだられた為、抱き上げたのも束の間で、こてんと眠りに落ちてしまったのだという。落合に子どもを引き渡そうとしたが、しっかりと服を握られており、幸子と唯に相談した結果、休んでおけと言われ今に至ると結んだ。
そうだっ、と呟くなりなまえは沢村を呼ぶ。
「沢村、この子のほっぺ触ってみる?」
ほっぺ? と沢村は首をかしげる。なまえ曰く、ぷにぷにふわふわでやめられないさわり心地だと言う。ごくりと息を飲み、二人の前で屈むなり恐る恐る腕を伸ばす。人差し指が頬に触れるか触れまいかという時だった。
「何してンだ、お前ら」
「ぎゃあっ!?」
「落合監督!」
沢村が悲鳴じみた声を上げると同時になまえの腕の中にいた子どももぱちりと目を開ける。いつの間に来ていたのか、子どもを引き取りにきたらしい落合が沢村の背後に立っていた。ぬっという効果音の映える登場の仕方に沢村は目を見開き、理解が追いついていないのかぱくぱくと金魚のように口を開閉している。
面倒を見てくれたことに感謝を述べ、落合はなまえから子どもを預かる。眠気眼のわが子の背中を、父親らしく落合はぽんぽんと撫でてあやす。奥さんが帰ってきたのか、このまま連れて帰らせると落合。またね、と子どもに微笑み軽く手を振ると、いつまで驚いてるの、と沢村に向き直った。
「だ、だだ、だって軍曹がいきなり出て……ハッ!? まさか軍曹、実は忍者の家系か何かで!?」
「相変わらず馬鹿だなコイツ」
「はい、馬鹿です」
ジャパニーズニンジャー! と意味不明なことを口走る沢村に落合は冷静に突っ込み、平静になまえは相槌を打った。去り際に、そうそう、と落合は言い忘れたことがあったのか二人を軽く眇める。
「お前等、遠くで見てると家族みたいだったぞ」
そう言い残すと、落合は子どもとともに去っていった。去り際に子どもが手を振っていたが、なまえはワンテンポ遅れて小さく振り返すことしかできなかった。
まるで風のように去っていった落合に、沢村はぱちぱちと目を瞬く。
「家族って……軍曹ってば何言ってンすかね!」
ワハハッと笑いつつ、沢村は何気なくなまえを見やる。
「――えっ?」
瞬間、はたと笑うのをやめた。驚いたことになまえの顔は真っ赤で、ぷるぷると何かを堪えるかのように震えている。
「えっ。ええ!?」
慌てる沢村に、なまえはぷいとそっぽ向くと、両手で顔を覆い隠した。
「……こっち見ないで」
オロオロとする沢村を他所に、とうとうなまえは堪え切れなくなったのか、その場にしゃがみこんだ。
あなたが気づくことはないね
「えええっ!? ちょ、先輩!? え、あ、どなたか! へーるぷ!!」
「(沢村の……ばかぁ……)」
愛子||170717
(title=確かに恋だった)
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