なまえは鼻歌交じりにダンボールの開封作業を行っているのだが、突然、あっ、と声を上げた。どうしたの? と唯が尋ねるや否や、なまえは動きを止めてけろっとした色で答えた。
「指切った」
地味に痛い、と続けると、うおぉい!? と幸子と唯は開封作業をすぐさまやめる。救急箱を取りに唯はその場から離れ、とりあえず手を洗って来いと幸子は言う。のんびりとした口調で、はーい、となまえは返事をするとのそのそといった効果音が付きそうな程に遅い動作で腰を上げる。今にも幸子が目を吊り上げ声を荒らげそうになった時、偶然に沢村がその場を通りかかった。
「あ、お疲れ様〜沢村」
「お疲れ様です! 何してンすか?」
「差し入れ開けてるの!」
「沢村、良いところに来た!」
と、二人の会話に割って入り幸子はビシッとなまえを指差して言う。
「なまえが怪我したの! 水場までダッシュで連れて行って!」
「大袈裟だって。たかがダンボールで指切っただ、」
"なまえが怪我を負った"と耳にした瞬間、沢村の表情が瞬時に変わった。怪我を負っていない方の腕をとり、沢村は力強くなまえを引っ張っていく。向かっている方向が水場だとわかったのか、後でそっちへ行くと幸子。ずんずんと前を歩く沢村と遠くなる幸子を交互に見ながら、なまえはただただこくこくと頷くことしかできなかった。
連れてこられたのは案の定、水場で沢村は数ある蛇口の一つを捻り水を出す。なまえの腕を放すも、傷を負っている手を今度は取り傷口を洗う。ピリッとした痛みが走り、思わず手を引こうとするも阻止された。
ふと、上目で沢村を見る。マウンドに立っている時のような真剣な色に不覚にも胸は高鳴った。痛みは、水の冷たさとあいまってだいぶ引いてきた。
「なまえ先輩、女の子なんですから、怪我とかには気をつけてください」
「え、あ、は、はい」
唐突にそう言われ、口ごもりながらも返事をする。
「先輩に何かあったら、俺……――」
先を濁すなり、沢村はなまえの手を強く握る。手はともに水に濡れているのだが、それでも体温はしっかりと伝わってきた。
「……ごめん、なさい」
何か言わなくてはと考えて出てきたのがその一言だった。軽く息を吐くと、先程の真剣さはどこへ行ったのか、普段通りの沢村に戻る。
「てか怪我してンのになんで普通に俺に挨拶してンすか!? ちょっとは他のマネさん達みたいに慌てたりしてつかぁさい!」
「怪我で慌てていたら駄目でしょう。逆に冷静にならなくちゃ、適切な処置とか出来ないじゃない」
そうか、と沢村はハッとなる。くすくすと笑っていると、ムッと沢村は眉根を顰めた。
「なんで笑うンですか! 俺、マジで吃驚したンですからね!? 先輩の指から血、出てたし!!」
くどくどと何故かお説教のようなこと始めた沢村に、なまえはぱちぱちと目を瞬く。つまり、と何かを論じようとしていたところで、それって、と口を挟む。
「わたしのこと、心配してくれたの……?」
「当たり前じゃないですか! じゃねーとこんな風にっ、」
一呼吸置いてから、こんな風に、と沢村は呟き視線を下げる。握ったままでいるなまえの手を見つめ、沢村は唇を結ぶ。程なくして水を止めると、静かになまえの手を離した。同時に数歩退がると、バッと頭を下げた。
「サーセン!!」
手を握っていたことについてか、傷口をずっと水にさらしていたことについてか、それともそれら以外の何かについてなのか、理由を尋ねようにも深々と頭を下げたままでいる今の沢村に聞ける状態ではない。頭を上げてと言おうとした時、おーい! と遠くから幸子。声のした方を見ると、消毒液と絆創膏を持った唯と手を振っている幸子の姿があった。
沢村は二人の姿に視線をやるなりさっと姿勢を正す。なまえの面倒を見てくれてありがとう、と言う唯に、これくらい朝飯前です、とピシッと背筋を伸ばして敬礼する。わたしは子どもか、と真顔でなまえは突っ込んだ。
「それじゃあ、後はお願いしやす!」
「オッケー。ありがとね、沢村」
当たり前のことをしただけだと告げながら、もっと褒めても良いのだぞというオーラを沢村は醸し出しつつ、はたと動きを止め、なまえ先輩! と呼んだ。
「俺、先輩のきれいな手、好きなんで早く傷治してつかぁさいね!」
練習に戻りやす! と残すと、沢村は走り去って行った。そんな沢村の背を、きょとんとした表情を浮かべてみていたのは唯と幸子だった。
「自覚あって言ってるのかな、あれ……?」
「沢村に限ってそれはない。絶対ない。でもあれは殺し文句に近いやつすぎるだろっ」
沢村の姿が消えると、今度はなまえに視線をやる。なまえは頬を赤く染め、嬉しさではにかみそうになっているのを必死にこらえているのか、唇をきゅっと結んでいた。
好きすぎるんですがこれって病気ですか?
「ただいま戻りました〜! って、先輩達、何かあったんですか? ていうか、なまえ先輩ずっと手を見てにこにこというか……にやにやしているし……」
「お帰り春乃ー、ご苦労様。なまえのことは放って置いていいよ。ラブコメしてただけだから」
「唯の言う通り。荷物置いたら負傷したなまえの分まで差し入れ開封手伝って」
「(ラブコメ!? い、一体何があったんだろう……!)」
「はあ……。しあわせ」
この日、なまえはにまにましっぱなしで最後は御幸達にいじられまくられたのはまた別の話。
愛子||170530
(title=確かに恋だった)